愛という名のから揚げ。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:欅あかね(ライティング・ゼミ6月コース)
「おい、明日の夜は空いているか?」
半日以上に渡るミーティングの後、上司から声をかけられた。
本日のご機嫌@上司は、曇り時々晴れ、といったところか。
否が応でも人の気持ちを自分の体調で読み解いてしまう、やっかいな性質を持つ私は、瞬時にご機嫌指数を測り、その提案は断れないことを覚悟した。
ここ最近、黙々と取り組んでいた、めんどう極まりない、あるプロジェクトのご褒美のつもりなのだろう。
そして、何らかのサーチだ。話の流れ次第では、もれなく、お説教付きかな。
それでも、おいしいもの好きの私は、目の前のご馳走を想像して、気を取り直した。
中途入社で入った今の会社は、かれこれ10年近く、この上司に仕えている。
おいしいものさえ与えていれば、コイツはとことん働くと思われているのか、「餌付け」される度に仕事のレベルが上がっていった。
今回も、誰一人携わったことのない業務に、データを1から集めたり、外部コンサルタントにご指導を仰ぎながら、なんとか形に仕上げていた。
上司とは、久しぶりのビアガーデンだ。
「なんでも好きなモン、好きなだけ頼んでいいぞ~」
と言いながら、上司は、ピザがいい、ナポリタンもいいと言い始めた。
私はお魚のカルパッチョが食べたいのに、頼める余地が全然なかった。
乾杯は、案の定、今回のプロジェクトへのご褒美だ。
達成感と、暑い日のビールはなおさら、おいしさは格別だ。
「ここまでよくやったな」
と、滅多に褒めることのない上司が、めずらしく感慨深げに言う。
私が今ここにいることに対して、思いを巡らせているようだ。
やっぱり、あれは意図的だったんだ。
私はそう確信した。
1年半ほど前、突然、
「もう、今月からその業務やらなくてよいから」
と仕事を取り上げられ、新設となる今の部門へ異動となった。
私の業務は、経理部門で決算発表の資料を作る仕事だった。
新聞などで『○○会社の決算発表、今期○○億円の経常利益』とかいう記事があったら、まさしく同業者の皆さんの活躍だ。
今の会社では、上場準備から関わったので、決算発表の仕組みを最初から作り上げたのは私だ、というゆるぎないプライドがあった。
だから、決算発表に間に合わせるためには、多少の休日出勤もいとわず、身体がボロボロになりながらも、なんとか頑張れた。
だからこそ、取り上げられたときは、本当に自分が壊れた。
ひどいときは4人分ぐらい働いていたのだろう。
勝手に残業していると悪口をたたかれ、理解もしてもらえない、お願いしたくても、うまく巻き込めない。
でも決算発表の資料の締め切りは3か月ごとにやってくる。もう業務を抱え込むしかなかった。
管理職としての仕事も要求される一方で、疲労も溜まり、自然に言葉もきつくなっていった。ちょっとした注意が、パワハラだと猛反発をくらった。
こちらは叱る体力もないところだったが、遅刻を繰り返す常習犯を何も注意しないわけにはいかない。逆ギレされてモンダイになってしまった。
その猛反発は、私一人をターゲットにすることで、組織に変な結束感が生まれていた。
そのころ、上司のご機嫌指数も最悪で、私が何かする度に、ひどく叱られていた。
同じことをほかの人がやっても、叱られない。
では、叱られない人の思考回路を真似ればよいのか?
生産性の低い人の思考回路を真似して仕事をしても、成果が上がらないことは明白だ。
余計、上司に叱られるだけだった。
他の部下に「あいつはダメなやつだ」と吹聴して、悪口で盛り上がっているのは容易に想像がついた。
それは、身体に五寸釘がいくつも刺さっているような感覚がしたからだ。
私は職場で完全に浮いていた。
しかし、へとへとになっていたから、転職活動をする気力も残っていなかった。
人生ジ・エンドにしちゃおうか、と思うことも何度かあった。
ただ、ただ、悔しかった。
死にそうなほどへとへとに働いて、作り上げた仕組みは当たり前のように享受され、悪口を言われ、辞めるのはこちらなのだろうか?
青い空を眺めては、涙をぐっとこらえた。
そんな折、一つの転機が起きた。
それが今回の新しい業務だ。要は、めんどくさい仕事は、私が仕組みを作るのだ。
一度できてしまえば、次からは他の人がなんなくクリアできる。
仕組みがないなら、仕組みを作ればいい。
私は初心にかえり、思考回路をもとに戻して仕事に取り組んだ。
業務量がキャパオーバーになりそうなところは、自分の弱みも見せて、得意分野をもつ面々にヘルプもお願いするようにした。
思考回路をもとに戻しただけなのに、車輪がうまく回りだすような感覚がした。
兼任しているほかの業務もスムーズに進みだした。
「仕事の進め方もうまくなったな。おまえなら、必ずできると思ってたよ」
「本当によくここまでやってくれた。さあ、食えや」
目の前には、上司の大好物、鶏のから揚げがある。
でも、お皿にはもう1個しかない。おーい、上司め!
これが、上司の愛だとしたら、ずいぶん安いもんだ。
次のご褒美は、目いっぱい高級なステーキでもねだろう。
***
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