私の長い復讐劇に終止符を打たせてほしい
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記事:川端彩香(ライティング・ゼミNEO)
ある日の夜、お風呂上りにスマホを見ると、見たことないアドレスからメッセージが届いていた。
「久しぶり! 元気にしてる?」と、迷惑メールでよく見かけるような文言だった。だが、私はその場でスマホを持って固まってしまった。なぜか。差出人が、2年間に別れた元彼だったからだ。
彼と私は、コロナが日本にやってきたくらいに出会った。何度か食事に行き、そうこうしているうちにコロナ第1波がやってきて、日本は1カ月半ほど休業状態になり、それが明けた頃に付き合い始めた。とにかく優しい人だった。可もなく、不可もなくな見た目の私をやたらと「可愛い、可愛い」と言ってくれた。そんな人は祖母以外で初めてだった。職場の近くまで車で迎えに来てくれたり、「お疲れ」と言って私の好きなスタバのドリンクを買っておいてくれたり、ドライブに連れて行ってくれたり、彼の友達に紹介してくれて一緒に飲みに行ったり、仕事でイライラしていた時に八つ当たりしても「しんどかったんやな」と頭を撫でてくれたり、思い出すことは彼の優しいところばかりだ。
ところが、ある日突然、振られてしまった。何の前触れもなく、本当に突然だった。LINEで突然、「別れよう」と送られてきた。仕事中の私はパニックになり、廊下に出て彼の携帯電話に発信し続けた。「こんなこと、LINEで言うことじゃないんやけど……」と言う彼に、段々と怒りがこみ上げてきて、「ほな出てこいや」「直接話せな別れへんで」と半ば強制的に、嫌がる彼を私の住んでいるマンションの前まで来させた。
私は定時になると即、会社を出て家に戻り、彼の持ち物をスタバの袋に綺麗に詰めた。彼がマンションの前に到着し、その「元彼セット」を携えて下へ降りた。
彼の車に乗り込み、「で?」と最初から喧嘩腰で話を進める。「LINEで送った通りなんやけど……」とモゴモゴする彼に私の何かがブチっと切れた。
「あのさ、子どもじゃないんやからさ、大事なことはちゃんと直接言いや。大人やろ? 別れたいんやろ? それぐらいちゃんと言うたらどうなん? なぁ?」
もはや、どっちが別れ話を切り出しているのかわからないが、私としてもきちんと別れに向き合いたいので、彼にしっかりと別れ話をしてもらった。「嫌いじゃないけど、好きでもなくなった。だから、別れたい」と言う彼に、「ほんまにそれでいいんやな?」と最終確認をとった。少しの間のあとに「うん」と彼が言ったのを確認し、私はスマホを取り出した。
「うん、わかった。じゃあ、全部消すね」
そう宣言し、私はスマホに存在する彼に関するものを、彼の目の前で削除していった。LINEの連絡先、トーク履歴、携帯番号、念のために聞いておいたメールアドレス、デートの時に撮った写真、カレンダーに登録していた彼の誕生日や記念日など。通話履歴までしっかり削除した。ものの数分で、彼に関するものは私のスマホから跡形もなく消え去った。
途中、私が勢いよく、ためらうことなく自分の痕跡を消していっている様子を見た彼は「そこまでしてほしいって言ってないんやけど」と口を挟んできた。邪魔をされた私もイラっとして「いや、私の意志でやってんねんけど。てかもう別れたのに関係なくない?」と言い返した。彼は黙り込んだ。
「よし、全部消えた!」と私がつぶやくと、彼は自分が振ったのにやけにサバサバしている私を見て動揺しているように見えた。だからか、最後に「これからも友達としてご飯とか……」と言ってきた。そこまで気の長くない私はまたもやブチっと切れてしまい、彼の提案に食い気味で「無理!!!!!!」と言い、車を降り、振り返ることなくマンションの中へ戻っていった。彼がどんな表情をしていたかは知らない。
試合に負けて、勝負に勝ったとはこういうことなのだろうか。いや、勝ち負けの問題じゃないことはわかっている。わかっているのだが、友人や会社の同僚には「どっちが振ったんかわからん別れ方だな」と言われた。そしてしばらくは「別れ話のその場で相手の全データを淡々と削除する、ある意味ホラーな女」と呼ばれ、怖がられた。
そんな別れ方をした元彼が、連絡をしてきたのだ。一番に思ったのは「よく連絡してきたな」ということだった。2年前とはいえ、まあまあインパクトの強い別れ方をしていると思うのだ。目の前で連絡先を消されているのだ。それなのに、その相手によく連絡できたな。そして、2年も音沙汰なかったのに今さらなんなんだ……?
無視する気満々だったのだが、「なんで連絡とってきたんかぐらい聞いてみたら?」という意見が友人の複数人であがったので、何通か連絡の往復を続けた。
コロナの感染者がまた増えてきていること、自分が患ってしんどかったこと、その時に私を思い出し「一人暮らしやのにかかってないかな? かかってたらしんどいやろな。大丈夫かな? 元気かな?」ということで連絡してきたらしい。
ここで関西人のダメなところなのだが、つっこみを入れたいことが2点ある。まず、コロナ何波目だよ??? ということである。1波が落ち着いた頃に付き合い始めて、2波がきそうだな……という頃に別れた(気がする)。そのあとプラスで5波もきとるやないか。
そして2つ目。なぜ私がまだ一人暮らしだと決めつけているんだ??? 2年もあったんだから、新しい彼氏がいるかもしれないし、なんなら結婚して子どもがいたっておかしくないじゃないか。なのに、なぜ「一人暮らしやのに」と、一人暮らし確定で話や推測を進めやがっているんだ? 私がそんなモテるわけがないと言いたいのか? いや実際モテないんだけどさ。彼氏もいないんだけどさ。結婚もしてなければ子どももいないんだけどさ。でもそんなモテない私と付き合っていたのはお前だぞ???
ツッコミどころは見つけてしまったものの、恐らく彼は本当にコロナの心配だけで連絡してきたわけではない……というのはこれまた複数の友人の推測だった。下心というか、ご飯ぐらい行きたいと思っているだろうと。
正直、私は特に彼に会いたいとは思わなかった。会って何を話せばいいのかわからないし、記憶の中の彼は、多少美化されているが、別れ話のLINEや状況を思い出すだけで悲しくて苦しくなる。たくさんの友人や同僚に支えられて失恋を乗り越えたし、新しい出会いも探している。そんなところに、2年前に私を捨てた彼とは会いたくなかったのだ。
だがしかし、私はふと思った。
これは、復讐の絶好のチャンスなんじゃないか……? と。
私は彼に振られた直後から、-10㎏のダイエットを決行した。なぜそんなことをしたのか。今後街中で偶然彼とばったり遭遇した時に、付き合っていた頃より綺麗になった私を見て「ああ、俺はなんて良い女を振ってしまったのだ……!」と後悔させてやりたい! 見返してやりたい!!! その一心だけでダイエットをスタートしたのだ。
食生活を変え、運動をし、健康的に体重を落としていった。しっかり食べて動いているので、健康的に痩せることができた。脚が太くて履いたことのなかったスキニージーンズまで履けるようになった。
その間に体型以外のことも気になり始めた私は、パーソナルカラー診断や骨格診断もしてもらい、自分に似合うものを徹底的に調べ上げ、その結果に基づいて自分を変えていった。コスメも一式、総入れ替えをした。髪色は今までしたことないピンク系にした。
営業先で担当のお客様に振られたから自分磨きを頑張っている、と話すと、「外見ばっかり磨いてないで、内面も磨きなさい! 本を読みなさい!」と言われ、すぐに本屋に行き、気になった本を片っ端から抱えて購入し、そこから大量の本を読むようになった。
仕事はしんどかったけれど、彼と別れてダイエットを始めてからなぜか上手くいくようになった。余計な脂肪と一緒に、無駄な仕事も落ちて行ったのかもしれない。今年の夏には、昇進までした。
こうして彼と別れて約1年半、目標の-10㎏を達成した私は、体重や見た目以外にも変わり、成長したのである。彼氏はいないが、前向きに生きているし、彼と付き合っていた頃の自分より、今の自分の方が好きだ。
そう、不本意ながらも、私が変わったすべての要因は、奴なのだ。元彼なのだ。元彼に振られていなければ、私はダイエットをすることもなければイメコン診断を受けなかっただろうし、営業先で自分の失恋話をすることもなかっただろうし、そうすると「本を読め!」なんてアドバイスも貰えなかったかもしれないし、仕事もそんなに頑張らなかったかもしれない。すべての根源を辿ると、ある意味、彼のお陰なのだ。
これは……彼を見返すことができるんじゃないか……?
今こそ、絶好の復讐の機会なのではないか……?
友人に相談してみると、これまた全員同じ意見で「行ってきなさい。あなたの長い復讐劇に、終止符を打ってきなさい」とのことだった。
万が一、ご飯に誘われたら断る気満々だったが、確かに私も復讐のために自分磨きを維持し続けるのは、もうしんどかった。彼に会うことで、この呪縛のようなものから解放されたい思いもあった。そうか、解放されるかもしれないのか。そもそもの思いだった「彼に会って見返してやる」が実現できる日がくるのか。そして良い女になった私を見て、めちゃくちゃに後悔させてやれるのか……。
ああ、なんだか少しワクワクしてきたじゃないか……!
そして案の定、彼がご飯に誘ってきた。
さて、そうなると今から忙しくなる。最近少しサボりがちだった、体型維持のための筋トレを行分ければならない。少し伸びた白髪もセルフカットしなければいけない。服は選んだので、当日に向けてお肌をベストコンディションに整えていかなければならない。メイクもどれが一番私がよりよく見えるのか、再度チェックしなければ。待ち合わせは少し早めに行って、あえてブックカバーをせずに本を読んで待っておこう。その本は会社の先輩に借りた、ちょっと難しそうなビジネス書にしよう。理由は、少し賢そうに見えるから(理由が頭悪そうではある)。
言いたいことも、考えておこう。でも正直、そんなに言いたいことはないのだ。別れて2年も経つと、あんなに好きだったはずの彼の顔や声も、なんだかうっすらしか思い出せない。「女性の恋は上書き保存」と言われるが、あながち嘘ではないと思う。
少し考えたが、言いたいことはこれだけだ。
「私を振ってくれて、ありがとう。別れてからの方が楽しいわ」
またホラーな女と呼ばれるかもしれないが、私は2年に及ぶこの長い復讐劇に終止符を打ちたいのだ。これくらいの毒は、許してほしい。
この復讐劇に終止符が打てたら、私はもう一度、前を向いて歩きだすのだ。だから今は少しの間、この復讐劇に向けての作戦を練る時間として、立ち止まらせてほしい。私は彼を、一撃必殺で仕留めてやりたいのだ。私を振ったことを、激しく後悔させてやりたいのだ。
外見や内面は2年間で変わったが、ひねくれたこの性格は、2年じゃなかなか変わらないのだ。
***
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