地元のヒーローをナポレオンにしたのは青い空だった
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記事:永井里枝さま(ライティング・ゼミ)
「これ、何の広告?」
思わず足を止める。
仕事帰りの人や飲みに行く人でごった返す駅の構内で、ひときわ目を引くポスターがある。
どこまでも続く青い空と、透き通った海。そこへかかる桟橋が「非日常」へのいざないを感じさせる。
書かれているのは「海風の午後」というキャッチコピー。そして控え目に「iichiko」の文字があった。
何度このポスターに騙されたことだろう。
旅行会社のポスターかと近寄ってみれば、ひっそりと1本の焼酎が写っている。このようなポスターは今回に限ったことではない。ほぼ毎月、ため息の出るような情景をおさめた写真がメインとなっており、近寄ってみなければ、「いいちこ」の広告だということは確認できない。
いや、確かに「いいちこ」の広告なのだけれど、どうも腑に落ちない。
広告といえば商品の良さを前面に押し出し、アピールするものが主流であるのに対し、このポスターはなんだ!
商品についての記述はなく、南国へ旅に出たい気分になってくる。
ただ、「飲んでみたい」と思わせる何かがあることは間違いなかった。
はじめは、焼酎という商品の性質に注目した「ノスタルジック戦法」だと思っていた。
その代表例が大分麦焼酎「二階堂」である。
二階堂のテレビCMも、いいちこと同様に商品についての説明は全くない。
私たちよりも少し上の、おそらくビールより焼酎を好んで飲む世代の方に、幼少期を思い起こさせるような映像。少しさびしげな音楽と、詩的なフレーズ。
そして最後に二階堂が映し出されるといったものだ。
酒を酌み交わしながら級友との思い出話に花を咲かせる。もしくは独りグラスを傾けながら、過去の出来事に思いを馳せる。
そんな場面に「二階堂」は寄り添いますよ、といったメッセージが感じられる。
しかし、「いいちこ」のポスターからはメッセージが一切感じられない。
ノスタルジックな作品が無いわけではないが、二階堂のように統一されたコンセプトとして用いているとは思えない。
現に、CM作品では日本を飛び出している。
なんだってアリゾナなんかに行ったのか、ノスタルジックとはかけ離れ過ぎている。
このCMを見て、二階堂の「ノスタルジック戦法」とは全く別の手法であることを確信した。
気になる、どうしても気になる。
誰がこのポスターを作っているのか。
どんな戦略でこのポスターになったのか。
なぜこのポスターで、「いいちこ」を飲みたくなってしまうのか。
調べていくと、河北秀也という人物に辿り着いた。
正直なところアートに造詣が深いわけではないので、この分野の話はめっぽう弱い。
河北秀也という名前も今日初めて知ったくらいである。
しかし私は、いやおそらく殆どの人が幼い頃から彼の作品に触れていたはずだ。サクマ製菓のキャンディ「いちごみるく」は、彼のデザインしたものなのだ。
それだけではない、東京地下鉄の路線図も彼の作品だ。
この河北秀也というアートディレクターがプロモーションを引き受けた時から、謎の広告戦略は始まったのである。
謎を解く鍵はホームページにあった。
「いいちこ」を製造する三和酒造のページとは別に、iichiko DESIGNというページがあることをご存じだろうか。このページには過去のポスターやCMのギャラリー、ダウンロードできる壁紙の画像などがあり、焼酎のホームページにしてはコンテンツとして充実しすぎている。
そしてこの充実こそが河北氏の意図するところだったのではないかと思った。
つまり、いいちこを「酒」としてブランディングするのではなく「iichiko」というブランドの価値を上げることに注力したのではないだろうかと考えた。
実際、駅で私が見かけたポスターは、アートとして素晴らしいものだと感じた。そして毎月そのポスターは張り替えられ、また新しいポスターを目にして同じ衝撃を受ける。
これが何度か続くと、ポスターの中の「iichiko」という文字がとても素晴らしいブランドのように思えてくる。
「いいちこ」を飲んでいない状態でありながら、頭の中ではブランドとしての「iichiko」が確固たる地位を築いているのである。
ここまでくれば一度飲みたくなるのが心情というもので、居酒屋で見かければ頼んでみようという気持ちになる。
そしてブランドであるにもかかわらず、下町のナポレオンは私たち庶民の懐事情でも手の届くところに佇んでいるのである。
おそらく彼は絶対的な自信があったのではないだろうか。
自分のつくる広告が広告としてではなく「アート」として素晴らしいものであるということ。
そのアートは「iichiko」の名をブランド化し、世界に発信する力を持つということ。
そしてそのブランドのつくる「いいちこ」という名の酒は、人々から愛されるということを。
そんなことを考えながら、ホームページのグラフィックギャラリーを遡っていくと、彼が一番初めに手掛けたポスターに辿り着いた。
そこに書かれていた文字を見て、ふとシン・ゴジラの記事を思い出した。
庵野秀明氏と同様に、おそらく彼もその爆発力を信じていたのだろう。
「広告の世の中だけど、噂で飲まれる酒がある」
SNSが発達する30年も昔から用いられた「口コミ」という手法は、マーケティングとして最もスタンダードな戦略なのかもしれない。
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