抹茶に絵を描く?抹茶アートの物語 ~和束村に抹茶アートがやってきた~
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記事:吉田惠美さま(ライティング・ゼミ)
昔むかし、でもそれほど遠くない昔、宇治茶の郷、和束(わづか)村に、ひとりの女の子がいました。
のんびりとした子で、お勤めの都合で都会へ奉公に出ましたが、あまりの人の多さに目を回し、逃げ帰ってきてしまいました。久々の村は何も変わらず、山の緑にホッとしました。
間もなく女の子は、和束村名産の「お茶」を出す、和束茶屋で働き始めました。
名産とはいえ、女の子の親元ではお茶は自家用を少し作っている程度。それほど詳しくありませんでしたが、いいお茶を急須できちんと淹れる方法を教えてもらうと、これがびっくりするくらい美味しい。
ふくよかな青い香りがふわっと広がり、飲むと舌の上を甘さと旨みが通り抜け、そして喉の奥には爽やかさがずっと残る。飲むと心の底からホッとする、そんなお茶でした。
村には最近、茶畑の景色を遊山に来る人たちも増えてきていました。
生まれ育った村なのでそれが普通だと思っていましたが、女の子が住んでいたのは、実はとても美しい村だったのです。
美味しいお茶を育む、美しい村。そしてそれを作っている、お茶農家たち。
女の子は次第に、自分の住む村が大好きになっていきました。
――この村のことを、もっともっと、みんなに知ってもらいたいなぁ……。
女の子は、そう思うようになりました。
女の子は茶屋で働き出すと同時に、茶道も習い始めます。
茶道というと、「けっこうなお点前で」って言わなきゃいけないとか、お茶椀をくるくる回さなきゃいけないとか、難しいイメージがあり、内心ビクビクしていましたが、村の茶道の先生はおおらかなおばあちゃんで、女の子が間違えても「そんなすぐにできてもろたら、こっちが困るわぁ」と笑ってくれる人でした。
おかげでいつまでたっても間違えるのですが、のびのびと、お稽古を楽しんでいったのです。
さて、和束茶屋で出すお抹茶ももちろん、和束でとれたものでした。とても美味しいと評判でしたが、煎茶ほどには、売れません。
煎茶は急須があれば飲めましたが、抹茶を点(た)てるには「茶せん」という専用のかき混ぜる道具が必要で、どこの家にでもあるものではありませんでした。
それほど高いものではないのですが、点てたことがないという人も多く、家で煎茶や番茶を飲むほどには、気軽な飲み物ではなかったのです。
――でも、
女の子は思います。
――正直、煎茶を淹れるより、抹茶を点てる方が簡単なのに。
茶道の作法のイメージがあり、専用の道具を使うので、難しく思われそうですが、抹茶を点てるのは、実はとても簡単。抹茶の粉にお湯を注ぎ、茶せんでかき混ぜる。これだけ。
番茶のようにやかんで煮出したり、煎茶のように温度や茶葉、湯の量、時間まで気を遣ったりする必要がなく、しかも全部を飲めるので、あとに茶殻も残らず片づけも簡単。インスタントコーヒー並みの手軽さなのです。
――みんながもっと気軽に抹茶を飲めるようになればいい。
女の子はそう思います。お試しの茶道教室などは各地で行われていましたが、「茶道」から切り離して、単純に飲み物として抹茶を楽しんでもいいのじゃないか、そう考えました。
小さい頃、お茶農家の友だちの家に遊びに行ったとき、ジュースの代わりに友だちのお母さんが抹茶を点ててくれたことがありました。お台所でシャカシャカっと点てて、はいどうぞ。甘いお菓子といっしょにいただいて、とても美味しかった記憶があるのです。
それくらい、身近なものになればいいのに……。
そんなある日、瓦版が回ってきました。
宇治で行われる宇治茶まつりで、「抹茶アートコンテスト」なるものが開催されるというのです。写真を見て驚きました。抹茶の水面に、鳥獣戯画や花火の絵が踊っているではありませんか。
点てた抹茶の泡の上に絵を描いて、その上手さを競うという大会でした。
女の子はもう興味津々。抹茶の上に、どうやって絵を描くんだろう?
とても行きたかったのですが、宇治はいくつか山を越えたところにあります。お勤めもあり、行くことはできませんでしたが、いっしょに働いているお姉さんがお祭りに行ったそうで、どうやって描いていたのか、教えてくれました。
さらに、もっと詳しく書かれた瓦版も見つけました。
小さな湯飲み茶わんに小さじ1杯分の抹茶を入れ、ほぼ同量の湯を注いで練る。
この濃い抹茶が「墨」となる。
抹茶アートを開発した人は、「茶碗と茶せん、和菓子用の楊枝があれば、誰でもできる」と言っていたそうです。
――誰でも! 本当かなぁ。じゃあ私にも、できるかな?
女の子は、その日、家に帰って早速抹茶を点ててみました。瓦版にあるとおり、小さじ1杯の抹茶と湯を練り、楊枝ですくって点てた泡の上に……。
するとどうでしょう。本当に線が描けるではありませんか!
女の子は絵が上手ではありませんでしたが、必死になって練習しました。だんだんと慣れてきて、線だけでなく、点を繰り返して色を塗ることもできるようになりました。
抹茶なので、茶せんで点てて消してしまえば、何度でも描くことができました。夢中になって描いては消し、描いては消しを繰り返すうちに、抹茶はすっかり冷めてしまいました。
クタクタになって、冷めた抹茶に温めた牛乳と砂糖を混ぜ、美味しくいただいているうちに、
――待てよ?
女の子は茶せんを見つめました。
――お絵かきしてるうちに、これだけ茶せんを使えば、誰でも点てられるようになるんじゃないか……。和束村でこれをやったら、もの珍しさで、もっと人が来てくれるようになるんじゃないか……。これだっ! 見つけた……!!
バラバラだったパズルのピースが、ピタッと合った瞬間でした。
友だちに見せてみると、なんだこれはと大人気。
お休みの日に、抹茶アートを体験する会を催してみることになりました。
先生役なんて、女の子は初めてです。なんと、瓦版の地域欄にも載せてもらえることになり、心臓がつぶれそうになりながら迎えた当日。会は満員御礼の大盛況でした。
うれしかったのは、瓦版を見て、抹茶を点てたことがないという人たちがけっこう来てくれたこと。女の子が望んでいたとおり、お絵かきを繰り返すうちに茶せんを持つ手に迷いがなくなり、帰りには抹茶と茶せんを買って行ってくれる人もいたのです。
さらに、瓦版を見て、抹茶アートを開発された方も来てくれました。おじさんはにっこり笑って、「どんどんやりなさい」と言ってくれました。さらには抹茶の墨の濃さや、使う道具に至るまで、コツを教えてくれたのです。
女の子はそれからときどき、和束村や、時には大きな町まで出て、抹茶アートの会を開催しています。抹茶アート目当てにはるばる和束村まで来てくれる人もいます。大人も子どもも、楽しめるようです。なかには人生で初めて抹茶を飲んだ、という人もいます。子どもたちが楽しそうに茶せんをシャカシャカしているところを見ると、しめしめ、と幸せな気持ちになるのでした。
最近では、「私も教えたい」「お店で提供したい」と言う人のために、上級のみっちりコースなども開くようになりました。
まだ「抹茶アート」と言っても認知度が低いのですが、そのうち抹茶アーティストが出てきたり、提供する人やお店が増えたり、学校の生涯学習の時間に採用されたり、どんどん広がっていけばいいなぁ、と思うのです。
※1 話の都合上、昔むかしのお話としておりますが、ここ1、2年くらいのお話です。
※2 実際には、和束村は「和束町」、和束茶屋は「和束茶カフェ」、瓦版は「新聞」、女の子は「茶席書房うてなを主宰する、三十路超えの女」です。なにとぞご了承のほど。
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