メディアグランプリ

求ム、牧場主!!


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大村沙織(ライティング実践教室)
 
 
「大きな牧場持ってる人、どこかに転がってないかなあ……」
Hちゃんの言葉でイカが飛び出してきそうになって、思わず口を塞いだ。にぎわう居酒屋の喧騒で、私の失態は誰も気に留めていないようだ。慌ててウーロン茶でイカゴロ焼きを流し込む。最初は苦かったイカのはらわたも、甘めの味噌が馴染んで今やおいしく感じるから不思議だ。
「それって恋人として欲しいってこと?」
「恋人っていうか、旦那に。最近まで婚活してたんだけどなかなかいなくて」
「婚活してたんだ!? どのくらい活動してたの?」
「あまり長くないよ、半年ちょいくらいかな。一度にたくさん人と会ってて疲れたから、今は休んでるけどね……あ、つぶ貝の刺身頼んでいい?」
Hちゃんは苦笑いと共に答えた。北海道が地元の彼女を北海道系の居酒屋に連れて行くのはどうかと思ってたが、「懐かしい!」と存外喜んでくれた。イカゴロ焼きも彼女のお勧めで、実家でよく作ったという。タッチパネルで刺身を追加した後、Hちゃんは続けた。
「人と会うこと自体は苦じゃないけど、やっぱり時間取られちゃうとね。練習の時間も欲しいし、『あの子達』に会えなくなるのは絶対嫌だし……。ねえ、誰か独身の牧場主、紹介してくれない?」
 
Hちゃんと出会ったのは大学に入って間もない頃のことだった。サークルや部活の見学で学内を回っているときに、アーチェリー用の射場で出会ったのがHちゃんだった。彼女は既にアーチェリー部に入ると決めているようで、屈託なく話しかけてくれた。
「沙織ちゃん、理学部なの? 同じ学部じゃん! 授業も被るかもだし、これから宜しくね!」
人当たりが良く、常に笑顔のHちゃんとは予想通り同じ授業を取ることになった。間もなく私もアーチェリー部に入部して、話す頻度は格段に増えていった。部活の先輩と一緒に練習したり、練習前後にHちゃんの友達も一緒に授業の課題をやることもあった。
 
穏やかなHちゃんだが、目の色が変わるときがあった。それは動物を見つけたときだ。私達の大学は都内にあるが豊かな森に囲まれており、学生達からは「マジでトトロが出そう」と言われていたほどだ。部が管理する射場近辺も例外ではなく、夏になると荷物を置くベンチを先客のヤモリに陣取られていることがあった。
「お前どこから来たの?」
そんなときもHちゃんは躊躇せずにヤモリに声をかけ、優しく手で包み込む。近寄ると、ヤモリは緊張すると尻尾がぴんと張ること、前足を持つとおとなしくなることなどを教えてくれた。Hちゃんの父親は獣医で、北海道に住んでいるときに身近な動物の知識を叩き込まれたのだと言っていた。
「この野生児め……」
そう揶揄する先輩の声を尻目に、Hちゃんは私にもヤモリを持たせてくれた。ヤモリの柔らかな感触とほのかな温かさ、そしてそれを見守るHちゃんの優しい目が忘れられない。
Hちゃんは3年生の秋になると生物系の研究室に配属になった。動物の解剖や細胞の研究に進む学生が多い中で、彼女は野外調査が中心の研究室を選択していた。東京都のアナグマ生息場所を調査しているようで、雨の日も森の中を歩き回っていると、風の噂で聞いた。その頃には彼女も私も研究や実験で忙しく、お互いに顔を合わせる機会はなかった。ただHちゃんが重装備で森を歩いている姿を想像して、とても彼女らしいと微笑ましく思ったのを覚えている。
 
しかし彼女の動物愛は序の口に過ぎなかった。卒業して数年が経って、部活の同期で集まる機会があった。同期の1人が仕事で渡米するとのことで、その前に1度全員で会おうということになったのだ。当時は全員既に社会人になっていたのだが、Hちゃんの仕事場は一風変わっていた。
「今日本刀売ってるんだよね」
もちろん、刀屋は彼女の家業ではない。
「北海道で小さい頃から馬に乗ってたから、いつかは自分の馬が欲しい。でもそんなお金はないから、今は近所の乗馬クラブの馬のお世話をさせてもらってて。たまに乗せてもらうんだけど、かわいいんだよねえ」
そう語る彼女の目には、間違いなく大きなハートマークが見えた。刀屋で働いているのは、お金を稼ぐというよりかは比較的時間の融通がきき、馬がいるクラブに近いからだと言っていた。馬ファーストを崩さない彼女の姿勢には尊敬の念を感じた。しかも彼女はアーチェリーをしていた経験を活かし、馬に乗りながら矢を射るというホースバックアーチェリーというスポーツにも挑戦していると言っていた。
「日本だと競技人口が少ないし、自由に馬に乗れる環境も少ないから、ワーホリでオーストラリアかニュージーランドに行きたいなあ」
渡米する友人を描き消すんじゃないかくらいのインパクトを与えたHちゃんだが、更に凄いことに、本当に同じ年の年末に一人で海外に行ってしまった。
馬に乗るだけでも凄いのに、それを実現するための行動力、胆力、コミュニケーション能力。その全てを兼ね備えているHちゃん。あの優しい目の裏にそんな熱量が隠されているとは、学生時代は想像もできなかった。
 
日本に帰ってきてから数年が経つが、Hちゃんの生活は今でも馬が最優先だという。冒頭の「あの子達」というのは彼女が面倒を見ている馬のことだ。仕事をしながら、休日は流鏑馬の射手として活動しているらしい。彼女がSNSにあげてくれた動画を見たことがあるが、馬で走りながら弓を構える彼女の姿は控えめに言ってかっこよすぎる……! 的に矢を当てる姿を見て盛り上がるお客さんの様子を見ていると、彼女自身をエンターテイナーだと思うし、誇りに思えてくる。
先日は「ホースボール」というスポーツの日本代表選手としてフランスで行われたワールドカップにも出場。チームで行う馬のスポーツを日本に広めようとしている。
 
……どうです? 彼女のこと、応援したくなってきませんか? そう思った方、知り合いに牧場主さんがいれば、紹介していただけないでしょうか? すぐにHちゃんに連絡しますので!
 
 
 
 
***
 
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2022-11-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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