私は魔法使いに逢った。そして今、私も魔法使いになりたい。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:渡辺剛(ライティング・ゼミ)
「コーヒー、飲める?」
先輩風の男性が、後輩と思われる男性に聞いている。
平日である今日、このカフェは比較的空いていた。
私は、コーヒーが好きだ。
そんな私も、かつてはコーヒーが飲めなかった。
子どもの頃、という話ではない。20代前半までは、好んで飲む飲み物ではなかった。
ただただ苦い。それしか思わなかった。
なぜ大人たちが好んでそれを飲むのか、とうてい理解できなかった。
そう、あの人に、出会うまでは……。
その人は、私がはじめて就職した会社の先輩だった。
私とは違う部署だったし、特に仕事の接点も薄かったが、なぜだか出会い、なぜだか可愛がってくれた。
人付き合いの不器用な私は、自分から人と仲良くなるタイプではなかったのだけど、その人のおかげで、社内の色んな人たちと交流をもてた。
赤ちょうちんの下がった居酒屋や、お洒落なバー、スノーボードを始めたきっかけもそう、その人に連れていってもらわなければ一生行くことはなかったかもしれない場所に、たくさん連れて行ってくれた。
「今度、スノボ行くから一緒に行こうか」
「スノボ、ですか。行ったことないんですけど……」
「大丈夫!」
いつもこんな調子で、半ば強引に誘われた。
でも、決まって、着いていったあとは大抵、満足して帰ってくるから不思議だった。
ある日、その人を含む数人でお酒を飲んだ後、ハンドルキーパーだった一番下っ端である私が、みんなを車で家まで送った。
そして、最後に、その人の家に着いた。
「ありがとね。ちょっと寄ってきなよ」
ちょっと躊躇したけれど、半ば家に寄っていくことが決まっているかのように、その人はそそくさと玄関の中に入ってしまい、流れで私も、上がらせてもらうことになってしまった。
荷物を床にどんと下ろし、その人は、慣れた手つきで何かを準備し始めた。
「コーヒー、飲める?」
私は、コーヒーは、飲めない。いや、飲まない。
何と答えてよいかわからず、私はなんともぱっとしない返事をした。
「あ、いや、コーヒーはあんまり……」
その人は「ふふっ」と笑って、言った。
「大丈夫」
その人は、コーヒー豆を何かハンドルのついた機械のようなものに入れ、ガリガリとハンドルを回し始めた。これで豆を挽くらしい。
いい香りだ。
粉になった豆をドリッパーという器具にセットして、ちょっと得意げな顔で、上からお湯を少しずつ注いだ。もこもこもこっと豆が膨らむ。
ふわっと上がる湯気とともに、また香ばしい香りが漂った。
コーヒーって、こんなにいい香りなんだ……。
ピカピカのポットから、少しずつお湯を注ぐ。
その度に、コーヒー豆が、膨らんでは、またしぼんでゆく。
ドリッパーの下にセットされたサーバーの中に、コーヒーの一滴、一滴が、ポタポタと落ち、玉のようにコロコロコロっと踊る。
そうして出来上がったコーヒーを、カップに注いでくれた。
恐る恐る、一口飲んでみる。
……苦い、だけじゃない!なんだ、これ!
今まで、コーヒーは、ただ苦いだけのものだと思っていた。
でもこれは違う。酸味? 甘味? 苦みももちろんあるのだけど……
なにより香りがいい!
カップが空になる頃には、私はすっかり、コーヒーの虜になっていた。
その人が作った、今まで飲んだことのない不思議な飲み物のおかげで、なんだか気持ちが安らいでいた。すっかりリラックスしているのに気が付いた。
「ふふっ」とまた笑ったその人が、なんだかすごく大人に見えた。
こんなに美味しくて、香ばしいコーヒーを手際よく慣れた手つきでドリップしたせいか、率直に、すごい人に思えた。
もともと大人だなとは思っていたが、いつもにも増して、遠い存在に思えた。
なんか、すごく美味しい飲み物を、魔法でも使ってあっという間に作り出す、そう、魔法使いみたいだ。
私はその人の、「魔法の一杯」で、すっかりコーヒーを好きになってしまった。
それからその人は、コーヒーの話をたくさんしてくれた。
コーヒーは、苦みだけじゃなくて、酸味、甘味、コク、香りのバランスで成り立っているんだってこと。産地の銘柄によって、世界中に様々な味の違う珈琲豆があるということ。
よく晴れた日の朝に飲むコーヒー、しとしと雨が降る日の午後に飲むコーヒー、夜にまったりとした気分で飲むコーヒー、ここ一番の勝負! って時に飲むコーヒー。
その日、その時の気分によって、飲みたいコーヒーがあるということ。
コーヒーは、淹れるとき、飲むとき、それぞれに幸せを感じるってこと。
自分で飲むのも好きだけど、美味しく飲んでくれる人に淹れる喜びもあるんだってこと……
「へー……」
色々、初めて知ることばかりで、しかも初めてコーヒーの魅力を知ったその夜、私はその人が淹れてくれたコーヒーを、たしか3杯くらい飲んだ。
美味しかったんだけど、コーヒーを飲みすぎてなんだか気持ち悪くなったのを覚えている。
思えば、あれから15年くらいが過ぎていた。早いものだ。
その人とは、その人が結婚して間もなく会社を辞めてからというもの、連絡もとっていない。元気にしているだろうか。
今も、家族や友人のために、あるいはコーヒーが苦手な後輩のために、美味しいコーヒーを淹れているのかもしれない。
そして今、私はカフェの店長をしている。
あの夜に出会った魔法使いのせいで、すっかりコーヒーが好きになってしまった。
そして私は、今日もお店でコーヒーを淹れる。
この一杯が、コーヒーを好きになるきっかけの、「魔法の一杯」になることを願いながら。
***
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