まんじゅうこわい
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:工藤洋子(ライティング・ゼミ2月コース)
少し肌寒さを感じる春の週末の昼下がり。
小腹がすいた私はおやつを食べることにした。
「まんじゅうこわい人〜?」
しかたなく、家族にも声をかける。
「ハイハイハ〜イ!!」
と息子が猛ダッシュでやってくる。
昨日、出かけたときに買った甘酒まんじゅうがまだ残っているのを知っているからだ。
「ハイっ、こわいです! めちゃくちゃこわいです!」
息子が満面の笑みで主張する。
「まんじゅうこわい」というのは落語の有名なネタのことで、その噺にはまんじゅうがこわいこわい、と白々しくいいながら山盛りのまんじゅうをせしめる男が登場する。 要するに「まんじゅうこわい」とは「まんじゅうが好きで好きでたまりません」の最上級の表現だ、といえる。
もしこれが、
「早くお風呂掃除して!」
など用事を言いつけられるときだったら、音沙汰も返事も何もないというのに、まったく調子のよいやつだ。
だが、それぐらい私も息子もまんじゅうが大好きだ。
買った翌日ぐらいなら、ちょっと蒸し直せば買ったばかりの味が簡単によみがえる。 なんとお手軽で満足度の高いおやつだろう。落語の舞台、江戸の昔から庶民に人気なのも納得だ。
今日食べているまんじゅうは、大分にある「つるや」という老舗で買ってきた蒸しまんじゅうで、ふわふわの白い生地に包まれた上品なこしあんが最高に味がよい。 蒸したまんじゅう、といえば、コンビニのレジ横の保温ケースでもよく売っているあんまんぐらいの大きさを想像するかもしれないが、このつるやのまんじゅうは小ぶりの一口サイズだ。 「美味い、美味い」とパクついていると一気に5個ぐらい胃の中に消えてしまいそうになる。 空腹の時に食べると、まんじゅうが飲み物と化してしまうから私のようなオバハンの万年ダイエッターは要注意だ。
あんこの甘さが控えめなのも、またいい。
これが甘すぎると飲み物のように平らげることはできなくなるので、また別の意味でいいのかもしれないが、適度な甘さと生地のバランスがとてもよいことは間違いない。 このまんじゅうより大きめで、よくおばあちゃんの手作り、という雰囲気で道の駅などで扱っているまんじゅうもそれはそれで美味しいのだけど、残念ながらあんこが甘すぎることが多い。 そしてそのあんこはたいてい粒あんだ。
いや、私とて手作りマニアとしてあんこぐらい自分で作れる。 作れるが故に手作りなら断然粒あんの方が楽だ、ということは分かっている。 そりゃ、皮ごと食べた方が小豆の栄養すべて丸ごと食べられるから、家庭のおやつとして、それはよいことだろう。
しかし、極上のこしあんというのは、炊いた小豆を水でさらしてそれをさらに漉して作った生あんを砂糖と一緒に練り上げるものだ。 つまり、和菓子職人の汗と涙の結晶である。 家庭のオバハンの手に負えるレベルのものではない。
そんな極上のこしあんがほんのり甘味を感じるふわふわの生地と一緒に舌の上でとろける……そんな体験を安価に体験できるのだから、日本の食文化とはまことに素晴らしい。
私は結婚してから大分に住んでいる。 そろそろ十七、八年になるところだ。
自称食いしん坊、他称食いしん坊で、結構あちこちの名店を友人たちに教えてもらったと思うのだが、この店を知ったのはつい最近のことだ。 友人がFacebookで投稿していた記事に私は目が釘付けになった。
「これは! 間違いなく美味い!」
そう確信した私はすぐに場所を確認した。
なんと今週行くことにしている美容室のすぐ近くではないか。 ヘアカットの帰りにちょっと寄って帰ればいい。
もちろん、お店の休みの日の確認も忘れない。
よく、「これは!」という店を探してわざわざ行ってみたのに、定休日で残念でした、ということがあるからだ。 以前も旅行先でそういうことがたびたびあった。 今回は同じ大分県内、ダメなら違う日に行けばいいのだが、場所が自宅よりちょっと遠いのでそう頻繁に行く訳にもいかない。
定休日は木曜日。
そして美容室の予約は金曜だった。
セーフ!
これで大丈夫。
あのFacebookで見たまんじゅうにありつけることはほぼ確定的となった。
でもまだ一抹の不安が残る。
「人気店らしいから、当日分が売り切れちゃったりしたらどうしよう?」
いやいや、そこまで気にするのは、まさに杞憂、今にも空が落ちてきたらどうしようと心配する昔の人のようなものだ。 それはさすがにないだろう。
そして、当日。
髪はさっさと切ってもらって急いでお店へ向かう。
外観はただの工場のような感じで、室内からはもくもくと蒸気が漏れ出ている。
ふふん、勝ったな。
蒸気が出ているなら、まんじゅうを蒸しているはず。
在庫も問題なかろう。
そうして初めてのつるやのまんじゅうを手に入れたのだった。
それが3ヶ月前の出来事だ。
美容院へヘアカットに行くのは、私の場合ほぼ3ヶ月おき。 つまり3ヶ月に一度はもれなくまんじゅうが食べられる。 美容院の予約は必ず木曜以外の曜日に取ることになった。
まんじゅうを食べる息子がいう。
「おかあさん、今度はお茶がこわいんだけど?」
いやはやまったく、血は争えないものだ。
茶ぐらい自分で淹れたまえ、息子よ!
***
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