幸せとは「今死んでもいい」と思えることかもしれない。
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記事:城裕介(ライティングゼミ)
僕はぎょっとした。「今死んでもいい」という言葉の内容にではない。そういった彼の表情があまりにも穏やかで本気だったからだ。
僕は一時期仮住まいで二人暮らしをしていた。僕は仕事を退職し、お世話になった人の紹介で、3ヶ月田舎に住み込んで農家のお手伝いをして生活していた。
そして、もう1人短い間ではあるが一緒に泊まって生活をしていた人がいた。彼は佐渡のほうで農業をしていて、冬場の作業ができない間に、冬場の間に、先輩農家さんの手伝いをしつつお米やもち米の加工技術を学びにしばらく滞在すると言っていた。彼は25歳と僕より全然歳下だけど、農家として独立し生計を立てようとしていた。フラフラしてる僕なんかよりよっぽど前を向いて進んでいた。話だけ聞いてみると新米でトラブルも多く大変そうだが、それを差し引いても楽しそうだった。少なくとも僕にはそう見えた。その頃僕はやりたいことを見失いどうしたらいいのかわからなくなっていたから、彼のことが眩しく思えた。
ある日、そんな彼と一緒にドライブに出かけた。天気は快晴で絶好のドライブ日和。僕たちは能登半島の海岸線沿いを走っていた。彼はいい景色を見つけるたびに、車を停めカメラで風景を切り取っていた。早いと10分もしないうちに車を停めて写真を取り出す。それを繰り返しているからちっとも進まない。買い物も、遊びらしい遊びもほとんどしていない。ひたすらドライブをしながら、気になった場所で写真を撮る、その繰り返しだった。はたから見たら面白くない休日の過ごし方かもしれない。でも彼は楽しそうだった。彼は人と自然が共存している里山の風景が好きだと言っていた。
そうやって景色を取りながら、彼からこぼれた言葉が「今、死んでもいい」という言葉だった。しかもどこか恍惚とした表情で言うのだ。まてまてと一瞬焦ったが、自殺を試みようとする感じではなく、ただなんとも言えない幸せそうなオーラが漂っている。どうも本気で飛び降りたりとかはしなさそうだが、こっちがびっくりするくらい本気で言っている。なんなんだ。
「本当に死んでもいいの?」と僕は聞いたが、どうも彼は本気だ。さっぱり意味がわからない。彼は里山を守りたいと言っていた。そのために農業を始めたのだとも聞いた。だからなぜそんなことを言うのか僕にはわからず、モヤモヤした気持ちになった。
学部で農業を学んでいたと言っても、実践は次元が違う話なのはど素人の僕でもわかる。資金的にも苦しいはずだし、技術だってまだまだなはずだ。だからこそ、単身で貪欲に学びに行くために農業の先輩に教わりに行っているのだと思ったし、その厳しい道を進むからにはさぞかしそれを支える強い想いがあるんだと思った。なのになんなんだ。死んだら里山を守ることだって叶わないじゃないか。
僕は不満だった。やりたいことをやって夢を持って、それを追い求めて、達成する、そんなことが幸せなんだと思っていたから。なのになんなんだ。そのふわふわした感じは。なんでなんだ、それなのに僕より全然しっかりしてるのは。もやもやしてこの疑問を解決しないとイライラしてしょうがない。僕は彼にその疑問を投げかけた。
「今こうやってるときが凄く幸せだからです」
そう彼は応えた。
「その目標が達成できるかどうかは大事じゃないわけじゃないですけど、それは別の話です」
迷いも何もなく即答だった。最初は衝撃こそあれ、意味がわからなかった。でも彼と過ごすうちに少しずつわかってきた。自然が次々と移ろいゆくこと。自然の持つ力、その中で自然の力をほんの少しだけ力を借りる農業や人の営み。きっと全てひっくるめて彼は里山の風景が本気で好きなんだ。
先々の目標や現実的な生活の問題も大事じゃないわけじゃない。けれど、今幸せな気持ちを感じている。だからこそ、溢れてきて出てきた言葉が「もう死んでもいい」なんだ。そこまで、今この瞬間の幸せをものすごく感じているから、その言葉が出てきたんだ。そして、生きてる限りこの幸せを感じ続けたいんだろう。だから誰かに必要とされるお米作りだって模索する。
僕らはもしかしたら夢や目標に縛られているかもしれない。それを目指して達成しないと幸せになれないと思っている。少なくとも僕はそう思っていた。けれどそうじゃない生き方だってあるんだ。少なくとも彼は今好きな里山の景色を享受して楽しんでいる。それこそ今死んだっていいと思えるくらいに。
夢や目標を追いかけることはすごいことだし、それを追い求めることが幸せになることなんだと言われたら否定はできない。けれど、大事な人とゆっくり食事をして、楽しく会話をする時間、ただただ好きなことをする時間、その満ち足りている時間を過ごすことに幸せを見出すことだってすごいことだし、価値あることだ。彼のことを見てて僕はそう思うようになった。
僕なりの幸せな日々の過ごし方は彼のようにはいかないけれど、今の幸せのために出来ることを考え出した。悩むし、先々の不安もある。けれど今この瞬間に幸せを感じている。だからこの気持ちこそ、まずは大事にしよう。死んでもいいとは中々思えないけど。
先日農家2年目となった彼から買ったお米と彼が里山の風景を撮った写真が送られてきた。写真は彼が1年前と変わらず里山の景色が好きなことがよくわかる写真だった。彼らしく後味のいいさっぱりとした味のお米だった。
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