生まれて初めて、あんなにも人を罵った話
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記事:むぅのすけ(ライティング・ゼミ6月コース)
『ふっざけんな! ええかげんにせぇよ! 何してくれとんねん~~◎$♪×▲〇&%!!』
冒頭から乱れた言葉で、大変申し訳ない。
言葉のまま、明らかに相手を罵倒しているのだ。
こんなにひどい言葉をぶつけられた人には、あまりの仕打ちに同情を禁じ得ない。
だがしかし、である。
恥ずかしながら、これは私が電話口で発した言葉だ。
最後の方は何を言ったかも覚えていない。
そして言われたのは私の夫。
だからこの言葉の被害者は、夫なのだ。
親しき中にも礼儀あり
というように、夫は家族とはいえ、ある程度の敬意をもって接するものであるはずだ。
確かに夫婦間の長い付き合いの中で、今までに何度も一触即発の言い合いや口喧嘩、はては何週間にもわたる冷戦状態も経験してきた。
しかしそんな中でも、問答無用に相手を罵倒するようなことは一度もなかった。
思うに
誰かをこんなに思いっきり怒鳴りつけたのは、私の人生において多分初めてのことだった。
連休初日の明け方、リビングの固定電話が鳴り響いた。
まだ眠っていた私は飛び起きて受話器を取りに行ったのだが、途中で切れてしまった。
間違い電話かと思って再び布団に入ろうとした私は、ふと、前の晩から飲みに行っている夫のことを思い出した。
『やっぱり、まだ帰ってない……』
実はこんなことは初めてではない。
お酒が好きな夫は、飲みに行くと朝帰りになることもあった。
いろんな理由があるのだろうが、途中で楽しくなって飲み過ぎては、店を出る頃には記憶を失くしながらも帰ってくる……ということが時々あった。
社会的に迷惑行為をせず、無事でいてくれさえすれば、たまになら構わない、と私は干渉せずに理解を示していた。
でも先日、とうとう警察のお世話になった。
深夜に飲み過ぎてお仲間と別れた後、酔っぱらって座り込み道端で寝ていたら、カバンに入っていたはずの財布と、身に着けていた時計が無くなっていた、とのことだった。
ショックを受けつつ、酔っぱらいながらも冷静に何をすべきか判断した夫は、まっすぐ警察へ向かい必要な届を出して、クレジット会社等の各方面へ連絡を入れたという。
褒められたことではないが、過去にも財布を落としたことがあった夫は、その辺りの手順をよく知っていた。
私がそのことを知ったのは手続きがほとんど済んでからのことで、情けない事実に眉を顰めるよりも、その手際の良さに感嘆したものだった。
あれからまだ、一ヶ月も経っていない。
何とも言えない不安が広がってきた時、今度は私のスマホが鳴り出した。
夫からの着信は、夫の無事を示すものでもある、と
普段から考えている私は、その意味で安心しながら、何を言われても驚かないよう、丹田に力を入れてスマホを取った。
開口一番で、夫から『またやってしまった』と伝えられた。
聞けば、今回はカバンごと全て盗られてしまったらしい。
また、ですって?
つい最近、同じようにして貴重品を失くしたばかりだったのに。
あの時計は、婚約指輪のお礼に私がプレゼントしたものだ。
当時の年齢では高級品で、他の何よりもそれを失ったことがショックだと言っていたのに。
でもその時の私は、一切、貴方を責めるようなことは言わなかった。
落ち込んでいるのは、貴方本人だったから。
そんな有様でも、貴方が無事でいてくれたことだけで十分だと思っていたのに……
私は、とにかく全ての思いを飲み込んで言った。
『そっか、大変だったね。大丈夫?』
何よりも、この局面で落ち込んでいるのは夫本人であることは明白だ。
ここまでの被害金額の総額が気になるところだが、今は私がカっとして
『だから言ったのに! 云々……』
と言う場面でないことはわかっていた。
しかし次に夫から出た言葉に、私は今知らされた失態の事実よりも大きなショックを受けることになった。
『今、高いところにいる。こんな自分は情けなさ過ぎてもういない方がいい。今まで一緒にいてくれてありがとう、最後にそれが言いたかった……』
詳細は伏せるが、大まかにいうとそんな内容だった。
実のところ、初めは本気にしなかった。
夫はよく、シレっとした顔でとんでもないことを、ノリで言う癖がある人だ。
相手を驚かせたり、困らせたりしたいのだろうが、まんまと乗せられるのも癪なので、こちらもシレっと話を合わせていって、長く続いたりすぐ終わったり……最後は笑って締める、というのも珍しくなかった。
だから初めは
『あら、そんな風に考えてるのねー、そんなはずないでしょ』
なんて軽く言いながら、話を合わせていたのだが、途中から本当に様子がおかしいことに気が付いた。
最後には私の
『お願いっ、待って!』という叫びも聞かずに、一方的に電話は切れてしまった。
『本当にありがとう、ごめんな……』
との言葉を残して。
すぐに何度も電話をかけ直したが、夫が出ることはなかった。
探しに行こうにも、手段がない。
スマホの位置情報を共有していなかったことが悔やまれた。
前に、災害等に備えて共有しておこうと言われていたのに、面倒でうやむやにしていた。
そもそも、最近の夫がお酒を飲み過ぎる事には、理由があると思っている。
仕事に、あらゆる人間関係に、大きなストレスを抱えているだろうことを、私は誰よりも知っていた。
普段から平気な顔をして過ごしながらも、その負担は増すばかりで、そのストレスのほとんどを解消できずに過ごしていることも、私は知っていたのに。
以前のように私との時間に癒しを求めたくても、私は私でいっぱいいっぱいのことも知る夫は、そっと我慢を重ねる中でますますストレスは積もっていったのだろう。
そういった様々に積み重なったものが外で酔った時に噴出して、度を越してしまったんじゃないか……
わかっていたのに
誰よりも私はわかっていたはずなのに、結局は夫に甘えて、きっと夫を追い込んでいたのだ。
あの会話が本当に最後だったら?
でもいつものオフザケで、シレっと帰ってくるかもしれない。
でも、でもあんな様子は初めてだった……
どうしよう どうしよう
1分が1時間にも思えるような、何もできない時間が過ぎていく。
あんなにも夫の身を案じ、無事を祈ったことはなかった。
そんな中で40分程経過した頃、夫から着信があった。
スマホに飛びつき、とりあえず無事を確認しつつ、まずはひたすら落ち着いて夫の話を聞いた。
よかった!
生きてくれていた!
その後、あまりにも夫の様子がいつも通りであったことに別の不安がよぎった私は、前の電話で貴方が私に何を言っていたか、わかっているのかと問うてみた。
帰ってきた返事は
『何も覚えていない』だった。
なんと
電話したことだけは覚えているが、呼んでいたお巡りさんが到着したから切った、とのことだった。
そして手続きの全てが済んでから、再び私に電話をかけてきたのだ。
……それを聞いてからの、あの冒頭の私の言葉である。
きっと、緊張その他が切れたのだろう。
夫が覚えていないのが幸いだ。
帰宅後の夫は、一連のことをひたすら謝ってくれた。
あれ以来、飲みに出る時の夫は、免許等の貴重品を置いて、時計も外し、古いカバンを持って行くようになった。途中で水もよく飲んで泥酔を避けているらしい。
公に今はまだ内緒だが、私の罵倒と共に、これが未来でとっておきの笑い話になれば上等だ。
私は、今からその日が待ち遠しくてたまらない。
***
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