焼肉とわたし。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:kana(ライティングゼミ・6月コース)
「彼氏に“じっくりコトコト”ってあだ名つけられた」
私が唐突に言うと
「は?」
ストローでフラペチーノを飲んでいた友人は、なにそれ、という顔で笑った。
数年前の冬。
クリスマス前に彼氏と大喧嘩をした。
「彼がデリカシーのない感じで元恋人の話をしたこと」が発端だった。
しかし、それを私が過剰に追い詰めたのがよくなかった。
じっくり煮込まれた「彼に対してデリカシーのなさを感じたエピソード」の盛り合わせを提供してしまったのだ。
それをお腹いっぱい食べた彼は、ガッツリ胃もたれして動けなくなった。
彼はなんとかお腹の中身を消化しようと、先輩を飲みに誘って慰めてもらうといった対症療法を試みたようだった。
そんな彼の努力によって、「いちおう」仲直りした。
その後のクリスマスも楽しかったけど、喧嘩をした余韻で少しギスギスした。
お互いに「デリカシーのなさ」に少し敏感になっていた。
完全には元に戻っていないという感覚が、私たちを不安にさせた。
「このまま新年を迎えるのは嫌だな」という気持ちを、おそらくお互いがうっすら感じていた。
年末も近づいたある日。
大学からの帰り道に、新しくオープンした焼肉屋さんを見つけた。
「忘年会、してみる?」
年末という開放感もあり、お店に入ってみることにした。
「年末の予定は?」
「初詣行って、おじいちゃん家に行くだけだよ」
ぎこちない空気が抜けないまま、会話は進む。
「火をつけますねー」
カチッとガスコンロに火を付けて店員さんは足早に去った。
ぼーっと火を見ていると、徐々にリラックスするのを感じた。
ジュッと落ちた肉の脂がパチパチ爆ぜる音も、耳に心地よい。
「そろそろ網あたたまったかな」
2人で肉を焼いていると、楽しい気持ちが二人の間に戻ってくるのを感じた。
カフェで「相手に向き合っている」と、たまに険悪な雰囲気になることがある。
最初は相手の目を見てニコニコ話していたはずなのに、気づいた時にはテーブルの木目を見つめながら低い声で話していたりする。
しかし、2人で一緒に「肉に向き合っている」と不思議とそんなに険悪にならない。
たとえギスギスしていても、ほとんど無意識で、美味しそうに焼けた方のタンを相手の皿に乗せてる自分がいる。
「あのね……」
気づいたら私は、喧嘩した時の話を切り出していた。
彼もリラックスしているのか、身構える空気を感じない。
「大事にされてないかもしれないっていう不安が、付き合い始めた時はあったの。
それは今ではすっかり無くなっていたんだけど、
この間、元恋人の話をきいた時になんだか蘇ったの」
「デリカシーなかったよね」
「“大事にされてないかも”って私が思う可能性を少しでも考えなかった?って思っちゃった」
「うんうん」
「でもそれって、付き合い始めた時に、“大事にされてないかも”って不安を隠してたからなんだよね。溜め込んで、爆発しちゃったみたい」
「わかる。あなたって、負の感情をじっくりコトコト煮込むのよ。
俺がたまに、その鍋をうっかりこぼしちゃって、“熱っ!”ってなるの。
俺が怒らせる前から、負の感情の鍋は存在してるわけ」
「じっくりコトコトって、上手い表現だなぁ……
でも言えてるわ」
私はゲラゲラ笑う。
「もっと溜め込まずにぶつけて良いの。俺はそれで怒ったりしないけど……いや、怒るかもしれんけど、それで修復不能にはならないから。
溜め込んでじっくりコトコトしてる方が怖いよ!」
じわっと広がる安堵の気持ち。
あぁ、やっと「本当に」仲直りできた。
「ラストオーダーですが、よろしいでしょうか?」
店員さんがやってきた。
焼肉店というものは、お席の時間が決まっている。そろそろ出なきゃ。
「話したいことは、ぜんぶ話し切った?」
と彼に聞かれて私は大きく頷いた。
退店して外に出ると清々しい気持ちで、私は「もう喧嘩した話を蒸し返すことはないだろうな」と思った。
「今日やっと、心から仲直りした感じがする」
満足そうに彼が言った。
「これから、仲直りする時には、焼肉に行くことにしよう」
もちろん喧嘩は無いに越したことはないけどね! と心の中で付け加えた。
師走の風の冷たさも、酔いで火照った頬には心地よい。
気持ちの良い年末の夜だった。
この日、焼肉に寄らなかったら、私たちは仲直りできずに年を越していたと思う。
ありがとう、焼肉屋さん!
一緒に肉に向き合うと険悪になりにくいし、退店の時間が決まっているから、ダラダラ話を続けてしまわずサッパリ切り上げられる。
もし彼と仲直りの話し合いをしたい女の子がいたら、2人で焼肉をぜひ勧めたい。
それから社会人になり、彼と会えない時間も増えた私は、いま「ひとり焼肉」にハマっている。
脂たっぷりのホルモンは燃えやすいから端に、カルビはその内側に、脂少ないタンやハラミは中央に。
お肉を網に置き、 1人でのんびりビールを飲みながら、ゆっくり焼いていく。
「日々感じたモヤモヤを“いろんなBoxに仕分けていく”といいんじゃないかしら。
お肉の部位ごとに網の位置をわけるように」
ぼーっとお肉をひっくり返しながら考えごとを続けていた時に、ふと思いついた。
試しにやってみると、「考えてもしょうがないBox」「腹を割って話してみようBox」「別の人に相談してみようBox」などいろんなBoxにモヤモヤをしまうことができた。
すると、びっくりするほど心が片付いた。
少しでも“じっくりコトコト”に繋がりそうなモヤモヤは、早めに仕分けてしまう。
そうすることで、鍋に入れて火にかける材料はなくなるのだ。
期せずして、“じっくりコトコト”を本質的に解消できそうな術を思いついてしまった。たったの2000円程度で、心は片付いたしお腹も満たされた。
「ひとり焼肉」はコスパ最高である。
どんな気持ちも「ジュッ!」と、その場ですぐ焼いて食べて消化してしまいたい。
でもそれは私にとって難しいから、どうしても日々モヤモヤが溜まってしまう。
そのモヤモヤを“じっくりコトコト”して爆発させないためにも、取り扱いを工夫していく必要がある。
私はいま、ひとり焼肉で気づいた「モヤモヤする気持ちを仕分ける術」を習慣化している真っ最中だ。
今年こそ“じっくりコトコト”の汚名を返上して、彼に“焼肉”と言わせるために……!
***
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