名刺の代わりに健康保険証を差し出してきたユッコさんの話
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記事:牛丸ショーヌ(ライティング・ゼミ)
「変わってますよね」
「面白いですよね」
「変態ですよね」
僕が20年近く関わってきた人々から浴びせられてきた容赦ない言葉たちだ。
これらの言葉たちにどのような印象を持つだろうか?
もしあなたが友人、知人からそのように評されたら、傷ついて悲しむだろうか?
それとも、にんまりと微笑んで嬉しいのだろうか?
僕はこの言葉たちを「最上の褒め言葉」だと感じて、嬉しくてたまらなくなる。
なぜなら「普通じゃない」と評されているからである。
だから、他人から面と向かって言われたときには、お礼を言うようにしているほどだ。
つい数カ月前も、70歳を越えた父から「ショーヌは変わってるなぁ」と褒めてもらったばかりだ。この年齢になっても肉親から褒められると嬉しい。
そんな「変わり者」と自覚している僕も、今まで「この人は変わっているなぁ」と思える人物たちに何人か出会ってきた。
自分という「変わり者」を裕に越えている変人中の変人たちだ。
その中でも、今までの僕の人生において、「変わってらっしゃるお人」ぶっちぎりナンバー1は誰かと訊かれたならば、迷わず一人の女性を挙げる。
彼女の名前は「ユッコさん」と言う。
彼女との出会いは、少しややこしい。
2005年の秋、転勤で大阪に来たばかりの僕は、職場で同じ福岡出身の女性と出会った。彼女はユッコさんの姉にあたる人で、名前は寿美野(すみの)と言う。
年齢も僕と同じだったため、すぐに仲良くなった僕らだったが、お互い独身であるにも関わらず、恋愛に発展することは1ミリもなかった。
どういう経緯でそういうことになったのか、今考えればうろ覚えではあるが、寿美野さんに誘われ、なぜか京都四条の蕎麦屋で妹のユッコさんと会うことになったのだ。
もちろん、二人きりではなく三人で。
なぜ大阪からわざわざ京都まで行ったのかというと、僕は当時、瀬戸内寂聴の法話のCD10枚組を購入して聴くほど寂聴にハマっていた。
そんなとき、妹のユッコさんが休みをとって東京からわざわざ瀬戸内寂聴の法話を生で聴くために京都までやってきた20代女子に、僕は尋常でない程の好奇心を持った。
一体、寂聴先生の説法を聴くためにわざわざ京都までやってくる20代女子とはどんな人物なのだろうかと。
結論から言えば、初見で僕は度肝を抜かれた。
まだ僕も30歳前の若輩であったこともあるが、会話のイニシアチブを完全に握られ、ろくに面白い会話もできず、ただただ掴みどころのない人間性に戸惑うばかりで、対応に苦慮したことだけが思い出として残った。
その後、ユッコさんとは寿美野の結婚式で二度目の再会を果たすが、そのときは挨拶程度で終わったため、SNS上で多少の交流はあるにせよ、僕の中では元同僚の「とてつもなく変わり者の妹」程度としか認識しなくなっていた。
2015年の年末。
寿美野が子供を連れて福岡に帰省していたので、久しぶりに会おうという話になり、それだったら妹のユッコも知らないわけではないので連れてくるという展開になった。
ユッコさんと話すのは京都以来なので、実質的には約10年ぶり。
姉の寿美野から近況は少し聴いてはいたが、あのときからどうなっているのか僕も多少の興味を抱きつつ、怖いもの見たさもあり、後輩のヒラダイを連れて会食の待ち合わせ場所であるもつ鍋屋に向かった。
少し遅れて店に入ってきたユッコさんは、開口一番「ウッシーひさしぶりー」と馴れ馴れしさ全開。
この、場の空気を一切読まない発言が、すがすがしくも感じられる。
飲み物を注文して乾杯をする。飲み会では、ごく見慣れた風景。
生ビールを二口ばかりばかり飲みこみ、ジョッキをテーブルに戻す。
「ちょっとウッシー、腕の毛こゆーい!」
腕時計をしている左腕のシャツを少しまくっていたため、肌が露出していたのだが、そこに生えている体毛を濃いと指摘したのだ。
自分ではそんなに濃いとは思っていないのだが、彼女は濃いのを不快? に思ったのか、濃いからどうにかしろと言いたかったのか、子供のように目についたこと、その時に思ったことを口走っていた。
その後も、飲み友達でもある後輩のヒラダイが「いつもはツッコむ方のショーヌさんが、ツッコまれまくりじゃないですか」と言われるほど、僕の会話に切れ味鋭い刃を差し込んでくる。
素晴らしい。
僕は実に楽しんでいた。
30も後半の年齢になり、僕は大概の大人の会話に対応できる自信がある。
営業として社会人経験を積んできた経験と、自己研鑽を重ねてきた努力の賜物だ。
しかし彼女との会話は、そのようなものは通用しない。
着地が全く予測できないのだ。
Aの話題があれば、大抵はBかC、意外でDに広がりをみせることがある。
ところが彼女はZを放り込んでくる。
空気を切り裂くような発言だ。
空気を読むとかいう言葉は彼女の前では意味をなさない。
ユッコさんはそんな人物だ。
そして、何よりも驚愕したことがあった。
会話の流れで仕事の話になり、今はこういう会社に勤めているんだよねと名刺を1枚取り出して渡したときのこと。
「ふーん、そうなんだ」とさして興味もない様子で名刺を眺めた。
「でも、わたしこれ要らない」と、突っ返されたのだ。
これだけでも、いまだかつでない経験だった。
何かしらの理由で対立している相手同士ではあるまいし、通常は社会人としての礼儀・マナーでは興味なくても名刺は受け取るものである。
それを彼女は事も無げに言い放つ。
実におもしろい。
しかもその後、向こう側に座っていた彼女は、何かをバッグから取り出し、こちらに回り込んで僕の眼前にやってきた。
何ごとかと顔を向ける。
「わたし、名刺とか持ってないから、一応こういうもんなので……」
カードらしき厚紙を受け取ると、健康保険証だった。
「わたし、名刺とかむやみやたらに渡してくる人、信用してないんだよね。保険証のほうが確実でしょ」
よく理解できない理由だが、とにかく僕は返す言葉が見つからずただ笑いだけだった。
彼女はアルコールを飲んでなかったので、素面での行為なのは間違い。
この日があってから、僕の中でユッコさんが僕の人生における圧倒的ナンバー1の「変わり者」になった。ここでは紹介できないようなことも多くあっての理由だ。
いまから4年前。
東京で働いていた僕に元上司は言った言葉がある。
「お前、まともになって、ぜんっぜん面白くなくなったな。会社辞めろよ。お前はそんなんじゃないだろ」
その方が僕に何を期待していたか知らないが、20代の頃に比べてどうやら僕はつまらない人間に成り下がっていたらしい。
今でもこの言葉を鮮明に覚えている。
実は僕はその方に言われる前から自分でも自覚していた。
歳を重ねるごとに、周りの目を気にして、空気を読んでしまう。
誰からも嫌われたくない。
敵をつくりたくない。
そう思ってしまう自分がイヤだった。
会社組織で働く以上、それが当たり前だろう。
そう自分に言いきかせていた。
でもユッコさんを見ていると、思う。
あ、もっと変な人にならなきゃいけないなと。
ユッコさんはそのことを僕に教えてくれたのだ。
そんな彼女は、昨年の秋に雑司ヶ谷を散策している最中、偶然にも東京天狼院を発見して、店内に入ってみたらしい。
FBでその投稿を読んだ僕は「面白そうな書店ですね」とコメントを残し、知らないふりを装った。
彼女が天狼院に迷惑をかけたときに、僕が知り合いと分かるのを恐れたからだ。
東京天狼院に魔の手が迫っている。
この先、彼女が天狼院のお客になることを考えるとワクワクする。
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