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神様は誰も悲しませない


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記事:山下いずみ(ライティング・ゼミ2023年・年末集中コース)
 
 
「あと2時間でだめかもしれない……」
 
これはどういう意味だろう。
あと2時間で死んじゃうってこと?
 
私は百貨店で母と買い物をしていた。
母は突然「頭が痛い」といって倒れ、いびきをかき始めた。
当時、私は看護学生であったが、何が起こったのか全くわからなかった。
そんなとき、近くにいた人が「脳出血かもしれないから動かさないほうがいい」と言って、救急車を呼んでくれた。
私は母のそばにいて、呼吸をしているかどうか確認することしかできなかった。
ゴー、ゴーといびきのような呼吸が行ったり来たりしている。
だから生きている。
意識はなくても、ゴー、ゴーという呼吸をしているということが生きていることだと信じていた。
こんな奇妙な呼吸でもいい! どうか生きていてくれ!
こんなときの時間は永遠に感じると始めて学んだ。
救急車が到着した。
救急隊員が母を救急車に乗せたとき、担架から母の右手がだらりと下がり、紫色に見えた。
そして、いびきのような呼吸も聞こえなくなった。
救急隊員は慌ただしく心臓マッサージを始め、救急車が出発した。
ゴー、ゴーという奇妙な呼吸が聞こえなくなったとき、母が死んでしまうかもしれないという恐怖が込み上げた。
病院に到着し、母はMRI検査室に運びこまれた。
検査が終了したのだろうか、医師が私の元にやってきた。
 
「あと2時間でだめかもしれない……」
「え……」
「今、脳のMRI検査をしたが、くも膜下出血のようです。しかし、血液だらけで何もみえないんです。どこから出血しているかわからなければ止めることもできないから、この出血量だとあと2時間もつかどうか……。とりあえず、あと2時間待って、もう一回検査しましょう」
 
私は一人っ子であり、父との関係性があまりよくなく、母と二人三脚で生活していた。
父なりに私と母のことを考え一所懸命仕事をして生活させてくれていることはわかっていた。
ただ、父の徹底的な節約ぶりと口癖にうんざりしていたのだ。
誰もいない部屋にちょっとでも電気がついていたら、「電気を消せ! もったいない! 誰の金で生活していると思ってんだ!」と、怒鳴った。
水を出しながら茶碗洗いをしていると、「水を出しっぱなしにするな! もったいない! 誰の金で生活していると思ってんだ!」と、怒鳴った。
いつしか私はこの「誰の金で生活している思ってんだ」という父の口癖がトラウマになり、誰かに養ってもらう生活はしないと誓ったのであった。
このような父であったため、今、母を失うことは、精神が崩壊するかもしれない危機的状況であった。
 
父との関係性がよくないといっても、今の母の生命の危機を父へ伝えなければと思い立ち、公衆電話から父の職場へ電話をかけた。
 
「パパ……」
「仕事中にどうした?」
「ママがくも膜下出血で倒れてあと2時間で死んじゃうかもしれないって」
「わかった。これから電車で行く! すぐ行く!」
 
この会話で私は父に絶望したのだ。
母の命がもうすぐ亡くなるかもしれないのに、この人は電車で来るというのか。
父の職場から病院までは20Kmほどの距離があった。
タクシーで来れば30分程度、電車で来ると1時間程度かかる距離なのである。
もし、電車で1時間かけて病院に到着したとき、母の命が亡くなっている可能性もあるということをこの人は考えないのであろうか。
すぐ行く! ということは、電車で来ることではなく、タクシーで来ることだろうが!
こんな生命の危機に瀕しても、この人は節約するのか!
 
あと2時間で母の命が亡くなるかもしれない。
そう思いながら、ふと、病院の窓から外をみた。
そこには小さな鳥居があり、鳥居の向こうに小さな神社があった。
これは、神社に行って、お願いするしかない。
鳥居をくぐり、神社に入った。
神社に入ると、白い袴を着た宮司さんがいた。
白い宮司さんは、まさに、神様のように輝き微笑んでいるようにみえた。
この人がきっと母を救ってくれる。
そう確信したのだ。
「宮司さま、母が死にそうなのです。どうか助けてください」
「神様は誰も悲しませないのです。お母さんが亡くなったら、あなたはとても悲しみます。神様はあなたを悲しませることはしません」
 
それだけ言うと宮司さんはいなくなった。
正常な心理状態であれば、信じていなかったかもしれない。
しかし、このときは信じた。
 
母が倒れてもうすぐ2時間になる。
病院に戻ろう。
父は今だに病院には到着していなかった。
医師が私を見つけて、少し笑顔で走ってきた。
 
「もう一度MRI検査をしたのですが、脳の中の血がおさまってきていて、出血点がわかりました。これで手術ができます」
 
後日、調べたところ、宮司さんなど神職の身分は、袴の色で区別しているとのことであった。
あのとき私が神社で会った白い宮司さんは最高身分であったことがわかった。
神様は誰も悲しませない。
この言葉通り、母は一命を取り留めた。
 
そうは言っても、突然命を亡くす人は必ずいるし、悲しむことだって数えきれないだけ起こる。
しかし、神様は誰も悲しませないということを知っていれば、どんなことでも乗り越えられる気がしている。
父との関係性もきっと乗り越えられる。
神様は誰も悲しませない。
だから今日も恐れずに生きていこう。
 
 
 
 
***
 
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2023-12-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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