ふるさとグランプリ

もう一度あの人と並んで食べたい、荒川区のコロッケパン。《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:リコ(ライティング・ゼミ)

「ほらほら、どのパンにするの? 早く決めて」
ジュンは優柔不断だ。
その日も、メロンパンにするといってみたり、やっぱりアンパンもいいなと言ってみたり、はたまた12月限定の雪だるまをかたどったクリームパンにみとれていたり、なかなかお昼に食べるパンを決められなかった。
無理もないかもしれない。
店内は焼きたてのパンの香ばしい香りで満ちていた。
トレイに並んだパンは、どれも魅力的に見えた。
その種類は20以上。
でも、自分で食べられるのはせいぜい2個か3個だ。
私だってどのパンを選ぼうか目移りしてしまう。
優柔不断なジュンがなかなか決められないのも当然だった。
ここで、ジュンを待つのにイライラして、適当なパンを選んでレジに向かうのは簡単だ。
でも、そうしたら、彼は「ママが勝手に選んだ」と怒るだろう。
もしかしたら数時間、機嫌が悪くなるかもしれない。
これまでの経験上、ここは納得いくまで悩ませて、本人に選ばせるのが一番だ。
お母さんになって5年目。
少しは知恵がついてきた私は、長丁場になる覚悟をした。
と思った直後。
彼は即決した。
「これにする!」
私は彼が指さすそのパンをトングでつかむと、トレーにのせてレジに向かった。
それはコロッケパンだった。
会計を待ちながら私は、高校生のとき食べた、コロッケパンのことを思い出していた。

私は高校生のときバドミントン部に入っていた。
部活には憧れの先輩がいた。
知花さんだった。
知花さんは部で一番バドミントンが上手だった。
背は低かったけど、女性にしては筋肉質で、とにかく運動神経がよかった。
部長の良子さんが、面倒見のよいお母さんだとすると、知花さんはお父さんのようだった。
お母さんの良子さんはおしゃべりだったが、お父さんの知花さんは口数が少なかった。
知花さんはとても優しい人だった。
部活の前には、コートにネットを張らなければならない。
でも、ネットを支えるポールは、結構重かった。
知花さんは他の部員には運ばせまいと、いつも黙々と率先して重たいポールを2本も3本も運んでくれた。
知花さんのプレイは見ていて小気味よかった。
コートを素早く動き、重たいスマッシュをズシンと打った。
私はいつも知花さんのプレイに目を奪われていた。
知花さんは運動神経がよくて、どんなスポーツも楽々こなし、楽しそうにプレイした。
人数が足りないバレー部に出張にいったり、バスケ部の練習試合に入ったりすることもあった。
特にバレーはバレー部の部員よりもうまかった。
私はあるとき、知花さんが、バレー部に入ろうかなとつぶやいているのを耳にした。
以来、私は知花さんがバレーをしているのを見ると不安になった。
知花さんはバドミントン部のものなのに、と思った。
私はバレーに嫉妬した。

ある日の授業中、窓から校庭をみると、知花さんのクラスが体育でソフトボールをしているのがみえた。
私は興味のない日本史の授業そっちのけで知花さんを探した。
知花さんのチームの攻撃だった。
打順が知花さんにまわった。
知花さんは何度か素振りをしてバッターボックスに入った。
ピッチャーが球を投げる。
カキーン。
知花さんは初球を打った。
球はセンターとレフトの間を飛んでいって、知花さんは淡々と、しかし高速で2塁まで進んだ。
知花さんは、どんなスポーツもこなす。
知花さんがばバドミントン以外のスポーツをしているのは、ちょっと寂しいけど、でも本当は、いろんなスポーツをしてる知花さんを見るのは結構好きだった。
知花さんの色んな面を見れるから。
やがて攻守は交代となり、知花さんはグローブを手にして外野に走った。
外野から内野まで鋭いボールをノーバウンドで投げる知花さんを見ながら、私は、知花さんがソフトボール部に入るって言い出したらどうしようと、やっぱり心配していた。
それほど彼女は光ってみえた。
もしかしたら私は、知花さんに恋していたのかもしれない。

あるとき、知花さんと、ダブルスを組むことになった。
試合会場は荒川区の体育館だった。
1試合目は知花さんのスマッシュがバシバシ決まり、ストレートで勝った。
2試合目の相手は少し強かった。
ダブルスでは弱い方を狙うのが鉄則だ。
知花さんと私がダブルスを組めば狙われるのは私である。
知花さんは守備範囲を広げて、明らかに私が取るべきシャトルも拾ってくれた。
それでも敵は私に打ち込めばよいとわかってから、あからさまに私を狙ってきた。
私はミスする度に謝った。憧れの知花さんとダブルスを組んでいるのに、私のせいでどんどん点をとられてしまって、もう、そこから逃げ出したい気持ちだった。
試合はやっぱり負けてしまった。
私は試合に負けた悔しさよりも、知花さんに申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
試合中も、試合がおわってからも謝った。
知花さんはひとこと、
「あなただけが悪いんじゃないよ」
というと、お昼を食べに行こうといった。
他の部員たちはまだ試合をしていたので、私は知花さんと2人でお昼を食べることになった。
知花さんは、近くに美味しいコロッケパンやさんがあるんだ、といって案内してくれた。
その店は本当に体育館のすぐちかくにあった。
とても古いお店で、看板には大きく「コロッケパン」とかいてあった。
結構有名なお店でね、並んでることも、あるんだよ。
知花さんは教えてくれた。
知花さんと私はその店でコロッケパンを一個ずつ買うと、階段に並んで座って食べた。
コロッケパンはすごく大きくて、まだほかほかと温かかった。
そして、コロッケパンを包むコッペパンはほんのり甘かった。
並んで食べていると、私の気持ちも徐々に収まっていき、食べ終わるころには、次、頑張ろうと思えるようになった。
食べ終わると知花さんはいった。
「さあ、そろそろ応援に戻ろうか」
私たちは試合会場に戻った。

知花さんが一足先に高校を卒業して以来、知花さんには会っていない。
私は大学に入ってからもバドミントンを続けた。
長く続けたおかげで、高校のときよりは少し、納得いくプレイができることもあった。
そんな時いつも思った。
ああ、今。今、もう1度知花さんと組んでみたい。

今思うと、知花さんと私は1歳しか違わなかったのだ。
1歳しか違わなかったのに、なんと寄りかかり、なんと甘えていたことか。
でも高校生のころ、1歳の差は絶対だった。
その絶対の差があったからこそ、私は知花さんに真剣に憧れ、恋に恋して、自分の中で憧れの先輩に祭り上げることができたのだ。
30を超えた今、一歳の年の差なんて、誤差の範囲だ。
職場では2、3歳年が離れていても、年の近い同僚という、気軽な存在に思える。
もしも今知花さんに会えたら。
今会えたら、友達になりたい。
自分の中で偶像化してしまった知花さんを遠くから眺めるのではなくて、同じ30代女子として語りあってみたい。

気づけばジュンはコロッケパンをたいらげていた。
「おいしかった?」
「うん。また食べたい!」
「じゃあ、今度はママが昔食べた、すごーくおいしいコロッケパンを食べに行こう」
「うん、いく-!」
「でもそのパンはすごく大きくてね」
そういうとジュンが両手でお皿の形をつくった。
「このくらい?」
「もっと。ジュンの両手からはみでるくらい。それでずっしり重い」
そう言いながら私はジュンの手をぎゅっと押した。
「うわ」
「それで、コロッケは揚げたてであったかくて、パンはふわふわしてて、食べるとあまーい!」
「食べたい!」
「食べるときは大きく口を開けないと食べれないよ。あーんってね」
「ぼく開けられるよ!」
ジュンは大きく口をあけてみせた。
ああ、説明していたら私まで食べたくなってきた。
「今度の週末食べに行く?」
そういいながら私は手帳を開いた。

***

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