年間10万個のたこやきを焼いた末に見つけたものとは……《ふるさとグランプリ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:菊地功祐(ライティング・ゼミ)
「熱いですけど、耐えられますか?」
たこ焼きのような、まん丸の顔をした店長らしき人物がこのように言った。
「……はい、大丈夫だと思います」
私は初めてのアルバイトの面接で緊張していた。
大学に入りたての頃、どこかでアルバイトをしようと募集欄を覗いている時に見つけたのが、このたこ焼き屋だった。
調布のデパ地下にあり、毎日のようにいろんな人でごった返していた。
全国的にも有名なチェーン店だ。
私は子供の頃から、そこのたこ焼きが大好きだった。
大阪風とはちょっと違ったタイプのたこ焼きである。
油でカリッと揚げ、外はサクッと、中はとろっとしているたこ焼きだ。
一回は飲食を経験してみるのも人生経験としてありかもな……と、私は安易な考えで、そのたこ焼き屋のアルバイトの面接を受けることにした。
面接当日に、たこ焼き屋に行ってみると、見た目からして
たこ焼きのような感じのおじさんが椅子に座っているのである。
あ……多分、この人が店長だ。
その時はそう思っていた。
15分ほどで簡単な面接を終え、結果は後日連絡するとのことだった。
面接の時は、そのたこ焼きみたいな顔のおじさんと楽しくたこ焼きトークができたので、普通の受かるだろうと思っていた。
結果、普通に合格した。
その翌日から私はデパ地下にある、たこ焼き屋で働くことになった。
初日、緊張しながらお店に行った。
人生初の飲食店のアルバイトである。
緊張するのも当然だ。
それに子供の頃から憧れていたあのたこ焼き屋だ。
楽しみで仕方ない!
店の前のテーブルを越えて、店内に入っていく。
すると、奥からやたらと若い茶髪の姉ちゃんが現れた。
「店長の〇〇です」
……はい?
あなた店長なの?
見た目からして明らか20代だ。
いや10代にも見える。
年を聞いてみたら、なんと20歳だという。
え? 同い年なの!
私は一浪して大学に入ったため、その時は19歳だった。
あと数ヶ月後には20歳だ。
店長とは同学年に当たる。
なんで20歳の女の子が店長なの?
とびっくりした。
てか、この人超スピード出世じゃない?
アルバイト面接の時にいたたこ焼き顔のおじさんはマネージャーで、
店長はこの若い姉ちゃんだったのだ。
聞いた話によると、高校の時からこのたこ焼き屋でアルバイトを始め、そのまま社員になり、あっという間に店長の座に上り詰めたらしい。
20歳で店長に抜擢はすごい。
というか、同い年の人が店長をやっている店で働くことになるとは……
その日から私のたこ焼き修行が始まった。
たこ焼きを焼くにはコツがいる。
ネタを鉄板に流し込んでから、きっちり時間を計り、猛スピードでたこを返していかないと、あっという間に焦げてしまう。
千枚通しと呼ばれるたこを返すための道具を手に取り、スパッとたこを返す。
うまい先輩たちは、テンポのいいリズムでたこを返していく。
「左手は添えるだけ」
と先輩にある漫画の名言を真似たコツを教えてもらった。
たこ焼きを返す時は、絶対に片方の手を動かしてはいけないのだ。
千枚通しをたこに突き刺し、丸みを帯びた鉄板の円周力を利用して、
くるっとたこを返す。
くるっと回すためにも軸になる左手は動かしてはいけない。
まさに「左手は添えるだけ」なのだ。
月日が経ち、アルバイトを始めて4ヶ月になった。
その頃には、私はたこを一面1分30秒くらいで返せるようになっていた。
ちなみに正社員の合格基準は一面2分である。
我ながらハイスピードでたこを返していた。
今思うと、楽しいたこ焼き生活だったが、ある一点だけはうまくいかなかった。
ある一点だけが……
それは同い年の店長の仲だった。
正直、店長とは仲が悪かった。
同い年の20歳の姉ちゃんに「あれやれ! これやれ!」と言われても、素直に言うことを聞く気になれなかったのだ。
店長とアルバイトという関係でなくても、その彼女とはあまり相性が良くなかった。
誰だって本能的にこの人とは相性が悪いなと思う人はいると思う。
私もその女店長とは本当に相性が悪かった。
お互いに考えていることが真逆なのだ。
何度喧嘩して、辞めてやろうと思ったことか……
だけど、いつしか、たこ焼きを焼くことにハマってしまい、
ずるずると半年以上その店に通い、たこを焼き続けた。
数週間に一回、あのたこ焼き顔をしたマネージャーが店に現れた。
店舗を仕切る、マネージャーである。
偉い人だ。
マネージャーが現れた時は、店はビシッとした緊張に包まれていた。
このたこ焼き顔のマネージャーは本当に凄かった。
たこ焼きと友達なのだ。
親友とサッカーボールで遊ぶかのように、たこ焼きと遊んでいるのだ。
マネージャーはものすごい勢いでたこを焼いていく。
1面1分くらいで焼いていたと思う。
しかも、マネージャーが焼いたたこ焼きはめちゃくちゃ美味しい。
同じネタで作られたたこ焼きとは思えないほど、他のスタッフが作ったたこ焼きと明らかに味が変わっている。
中がとろっとしていて、香ばしいのだ。
なんであんなに美味しいたこ焼きを作れるんだ?
私はマネージャーの技術を盗もうとたこを焼く動きを観察してみた。
マネージャーの隣に立って、たこを焼いてみたりもした。
追いつけなかった。
あまりにもマネージャーのたこの返しが速すぎて、手が追いつけなかったのだ。
何でこんなにたこを返すのが速いのか?
しかも、猛スピードでたこを返すと同時に前を向いて、常にお客様に挨拶するのだ。
「いらっしゃいませ。たこ焼きはいかがですか?」
たこ焼きのような満面の笑みで、通路を歩くお客さんに声をかけていく。
目の前のガラス越しに見える、お客さんの動きを常にチェックしているのだ。
「たこ焼きはね、目の前のお客さんをどう楽しませるかが勝負なんだ。
たこを焼くということはパフォーマンスなんだ」
そのようにマネージャーは面接の時に行っていた。
「たこ焼きはパフォーマンスなんだ」と言われてもどういうことだ?
その時、私は全く理解できなかった。
しかし、一年以上たこを焼き続けた今ならわかる。
ガラス越しに見えるお客様をどう楽しませるかが最も大切なのだ。
美味しい味を提供するのも大切だが、一番大切なのは目の前のお客様を楽しませるパフォーマンスだった。
まるでオーケストラの指揮者のように、指揮棒を千枚通しに変えて、リズムを奏でるのだ
目の前に待つお客さんをどう楽しませるかが勝負だ。
待っている人がちょっとでも退屈してるようなら、あえて油を増やし、
たこを跳ねるように焼いて、人々の視線を釘付けにさせる。
待っている間に、少しでもたこ焼きを楽しんでもらえるように全力でパフォーマンスをするのだ。
私はマネージャーの教え通り、目の前の人どう楽しませるかを考えていった。
退屈してそうな子供がいたら、早めにサクッと皿にたこを並べたり、
たこを返すリズムをあえてずらしたり、いろいろ試してみた。
すると、ガラス越しに見えていた店の前の風景が変わって見えてきた。
自分が指揮棒を振ってオーケストラを仕切るように、
たこ焼きを焼けるようになったのだ。
お客様を楽しませるという視点に変わっていったのだ。
しかも、自然とたこを焼くスピードも速くなってきた。
相手のことを第一に考えてたこを焼くようにしていたら、力がこもって速いスピードでたこを返せるようになったのだ。
目の前のお客様をどう楽しませるか?
という視点を意識するようになってから、相性が悪かった同い年の女店長の仲
も変わっていったと思う。
店長も苦しんでいるのがわかったのだ。
20歳で店長に抜擢され、右も左も分からない中、必死にへばりついて店を仕切っていたのである。
何度か過労で倒れそうになっているのを見かけたことがある。
めちゃくちゃ大変そうだった。
私は店長の負担が少しでも減るように、できる限り早めに出勤して掃除をしたり、ゴミ出しを行ったりしていった。
言葉で言うのは恥ずかしくてできなかったが、なるべく店長の負担が減るように気を使っていった。
一年が過ぎ、いよいよ私はアルバイトを辞める日が来た。
かれこれ一年以上たこやきを焼き続けたことになる。
軽く10万個は焼いたと思う。
一生分のたこを焼いた。
最後に店長は私のところに近寄って、
「今まで私が未熟ですいません。ありがとう」と握手をしてくれた。
私は相手の苦労に気づき、目の前の人をどう楽しませるか?
どうやったら店長の負担が減るのか?
などを必死に考えていった。
目の前の人にどうサービスができるのかを考えていったら、仲が悪かった店長とも次第に打ち解けるようになれたのだ。
私は今、天狼院のライティング・ゼミに通っている。
毎週のように記事を書く中で、最も大切にしなければならないこと……
それは記事を読む読者の気持ちになることだと思う。
自己満足で自分に酔っている文章など誰も呼ばないのだ。
「読む人の気持ちになってサービスに徹しなければならない」
と店主の三浦さんは言っていた。
本当にそうだと思う。
読む人をどうやって楽しませようか? と考えていかなきゃいけないのだ。
私はいつも、ライティングをする時、あのたこ焼き屋で死ぬほど、
たこを焼いた日々を心のそこで思い出しているのかもしれない。
「目の前の人をどうやって楽しませるのか? そのことを必死に考えろ!」
とあのたこ焼き顔のマネージャーは言っていた。
きっとライティングにおいても一緒で、目の前の読者をどうやって楽しませようか? どうパフォーマンスをしようか?
と考えるのが、最も大切なのだと思う。
ライティングに迷うことがあったら、私はあの店に行ってたこ焼きを頼もうと思う。
外がパリッ! 中がとろっとしているたこ焼きを食べているうちにライティングで大切なことを私に気づかせてくれるのだ。
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