20代の私が有名ブランドのバッグを持たなかった理由
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:satow(ライティング・ゼミ12月コース)
「優しい人は舐められやすいから、ブランド物を持つんだよ!」
つい最近、そんなアドバイスをする著名人のYouTubeを見る機会があった。
優しくて押しに弱い人はブランド物でも持ってドヤ顔するぐらいのほうが、舐められなくてちょうどいいというのが、その人の持論だ。
現在50代の私には、ある程度経験的に納得できる言葉である。
誰でも知っているブランド物を身に着けていたことで得したことがあるのは事実だ。
20~30代の頃、全身ノーブランドの身なりだったときと、ブランド物で身を固めて臨んだときとでは、飲み会での周りの対応が明らかに違ったものだ。男性だけでなく、同性である女性からの扱いも格段に違うのだから驚いたものだ。
まず、身に着けているブランド物が素敵だとほめられる。さらに、そんなブランド物が似合うあなたも素敵といった具合にちやほやしてもらえる。社会人になりたての頃は居心地の悪い思いに悩んだものだったが、2、3年もすると、これも社交辞令のひとつなのだと理解していった。
「人を見かけで判断するものじゃない」とか「人間は中身だ」とかいう理想論は残念ながら世間ではほとんど通用しない。私と同世代……いや、40代以上の人ならば、それぞれの体験を思い浮かべながらうなずいてくれると思う。また、社会に出て間もない世代の人たちは現在進行形でシビアな現実にぶち当たっているかもしれない。
もし私が、どこかの企業の人事部の人間で、従業員の人物評価を査定しなければならない立場にあったとする。もちろん私は見かけではなく中身を評価するためにできる限りの手を尽くそうとするだろう。おそらく世の中の人事担当者たちは大なり小なりみな同じように考えているものと思うし、そう信じたい。
実際、人物評価の材料とするため、興信所に依頼して従業員ひとりひとりの素行を調査している企業も知っている。「人物重視」を謳っているとはいえ、そこまでのコストをかけるなんて、どエライ会社があるもんだと感心したものだ。
とはいえ、人間の中身は目には見えない。どれだけ細かく調査しても、見ることのできない中身を正当に評価するなど、したくてもできない……というのが本当のところだと思う。
だから私たちは、わかりやすく外見を飾る必要があるのだ。
もちろん、盛りすぎるのはよくない。後々、自分の首を絞めることになるだろう。
あくまで身の丈にあったアイテムで自分の見栄えを整えるのがキモだ。
そんなとき、手っ取り早く使えるのがブランド物なのである。
と、まあ20代後半のいわゆるアラサーにさしかかった私が、社会の洗礼を受けながら学んだのが以上のことだったのだが、ブランド物の扱いというのがこれまた厄介であることを知ったのもこの時期だった。
私より1年あとに入社してきた1歳下の同僚がいた。
彼女の実家は、都内で賃貸マンションを経営する裕福なおうちだった。
そんな彼女の通勤服はノーブランドであることが多かったが、靴、時計、財布は常に有名なブランド物だった。
それらのアイテムを彼女はいつもセンスよく組み合わせていた。
だんだんと会社に慣れてきた彼女は、私に気安く話しかけてくるようになった。そんなある日のことだ。
「〇〇(同じ部署の男性社員)さん、今日デートかな?」
と、私に聞いてきた。
「なんで?」
逆に私がたずねると、
「だって、〇〇さん、普段は普通のYシャツなのに、今日は△△(メンズファッションの有名ブランド)を着てるから」
と、答えたのだ。
「え? どこのブランドのYシャツかなんて見分けられるの?」
と、叫んでしまった私に、
「うん、形とか違うし」
さも当たり前といった感じで、彼女はこともなげに答えた。
そう、裕福な家庭で育った彼女はブランド物に相当詳しかったのだ。
ちょうど通勤バッグを買い替えようと思っていた私は、ちょっと背伸びして有名ブランドのバッグを買ってみたいと思っていた。そこでさっそく彼女に相談してみたのだった。
すると、私が安物のバッタ物を掴んでしまわないように、あらゆるブランドのニセモノの見分け方を教えてくれたのだ。ありがたかったが、ブランド物のバッグを持つことに夢をふくらませていた私は、完全に出鼻をくじかれてしまった。
特に、私が購入を検討していた、パラシュートの布で作られた丈夫さが売りの有名ブランドは、その頃ちょうどタグの色がゴールドからシルバーに変わったばかりだったのだが、型落ちのゴールドタグのバッグは絶対に買ったらダメだと言われ、落ち込んだ。
「ニセモノじゃないなら型落ちのゴールドタグのバッグでも、私はいいんだけど……」
「まあ、個人の自由だからいいんですけど……でも、今時ゴールドタグはあり得ないですね。今は買うならシルバータグです!」
ブランドマスターの彼女の言葉は、ブランド初心者の私の心に重くのしかかってきた。
いよいよ、バッグを買いに行こうと決めた休日の朝。
駅に向かうバスの中で、久しぶりに地元の友人と出くわした。
お互いに「久しぶり!」と挨拶を交わしたとき、友人がイタリアの有名なカジュアルブランドのバッグを持っていることに気が付いた。私の視線に気づいた友人は、自分の有名ブランドのバッグに目を落とし、私の言葉を待っている。こうなると、友人のバッグについてスルーするわけにはいかなかった。
「そのバッグ、いいね」
私が言うと、
「うん、ありがとう!」
満面の笑みで友人は答えた。
運動が得意で快活な友人に、その有名なカジュアルブランドのバッグはよく似合っていた。
しかし、私は気づいてしまったのだ。それが本物でないことに。
結局私は、丈夫で軽くて機能性を重視したノーブランドのバッグを買った。
翌日、そのバッグで通勤し、
「せっかくいろいろ(ブランド物について)教えてもらったのに、ごめんね」
ブランドマスターの彼女に謝ると、
「そんなの、全然気にしないでください。使いやすそうな、いいバッグじゃないですか」
と言ってくれた。
あれから30年ほどたった今では、舐められてはいけないフォーマルな場所へ行くときのために正規の高級ブランド品をいくつか持っている。しかし、それとは別に、他人の持ち物について本物だ、ニセモノだとジャッジする権利なんか誰にも無いのだとも思っている。
もし、可能であれば、あの日、バスで出くわした友人のバッグが本物でないことに気付いたとき、哀れみにも似た感情を抱いてしまった当時の自分にゲンコツを食らわして言ってやりたい。
「他人の持ち物をジャッジするな! 自分が本当に欲しいものなら他人が何を言おうと胸を張って持つことだ!」
***
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