薄い紙一枚に救われることもある
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:オカタツ(ライティング・ゼミ2月コース)
Q.あなたは、ティッシュを何に一番使いますか?
もしも、春に街頭インタビューでこんな質問があったとすれば、それに対する答えとして、最も多いのは間違いなく、鼻をかむというものであろう。
間違いなく、というのは言い過ぎかもしれないなあ。でも、たぶんそうだろうと思う。
私の切なる思いも、この答えには大いに入っている。
朝起きてから、夜眠るまで、私の右手は一体どれほどのティッシュをケースから取り出しているだろうか。数えるに忍びない。特にこの春、私の鼻は一度にどれほどのティッシュを所望しただろうか。凄まじい勢いでティッシュが我が家からなくなっている。
このティッシュ。いや、もはやティッシュ様、と呼ぼう。花粉症の私は随分前、もう物心ついた時からあなたと共に過ごす春でした。
市販のありとあらゆる薬を試しても、ティッシュ。
お医者さんに行った次の日の朝にも、ティッシュ。
求めない日はありませんでした。
2月があっという間に逃げてゆき、3月になると私のデスクの横には、必ずレジ袋が鎮座していました。
今でもそうです。そう、もちろん、鼻をかんだあなたに入っていただくためでございます。1日に一袋ではおさまらない。なんてことも、日常茶飯事。
ティッシュの消費量ランキングなるものがあるとするならば、間違いなく、地元じゃ負け知らず、だったでしょう。
もちろん、なんの誇りにもなりません。ああ、神様、仏様、ティッシュ様。
そんな私にこれまで類を見ないピンチが突如訪れた。2020年2月。全国各地の小売店からティッシュが瞬く間に消えたのである。
長く世界を席巻したコロナ禍の、その初めの頃。コロナでティッシュの流通がなくなるとの噂がSNSで芽吹き、拡散されていった。
どんなウイルスかわからない。めちゃくちゃ怖そうに言われてる。
そりゃあ、誰だって心配になるよね。わかるわかる。
マスクだってない。不織布のマスクを優しく手洗いして、浴室乾燥機にかけて次の日も使うしかない。
これでは花粉が鼻にダイレクトインするしかない。ないない尽くし、である。わかるわかるよ、買い漁る気持ち。
わか、る。わ、か、る……。
だあああ、でも、でも、でも、でも、必要なんだよ。逆に、わかってくれよ。この切なる思い。この全くのデマに被害を被ったのは、全国のエッセンシャルティッシャー(これは、もちろん造語)たちだ。
エッセンシャルワーカーと呼ばれる方々が、得体の知れないウイルスと懸命に立ち向かいながらさまざまに働かれているとき、私はティッシュが何処かに売っていないものかと懸命にさまざまな店頭に向かっていた。
ティッシュがない。私は生まれてこの方、そんな局面に立たされたことがない。
なぜなんだ。どうしてなんだ。何を責めれば、誰に文句を言えばいいんだ。
コロナか? 世間か? それともティッシュ工場か?
みんなが混乱しているこの情勢で、誰も責めることなんかできない。でも、私の鼻から液体は流れ続ける。いったい、どうしたらいいんだ……。
考えあぐねて職場に行くと、ツカツカツカと足音がする。ん? この足音は……。のちに私の妻となる人が目の前にやって来た。
「はい、これ。」
差し出してくれたのは、一枚のティッシュだった。救われた。心が洗われた気がした。
彼女だって、ティッシュが必要不可欠な春をいつも迎える人なのに。ハンカチでぬぐうより他はないと思っていた私の鼻に、彼女のティッシュが触れる。
なぜか、いつもより柔らかい。
なぜだろう、いつもより鼻に優しい。
照れ臭いけど、心からそう思った。未だかつて、一枚のティッシュをあれほど丁寧に、あれほど隅々まで使ったことはあっただろうか。
断言できる。決して、ない。
こんなに薄い紙一枚が、人を救うことがあるのだ。
2024年、4月。今は結婚して家も建ち、ティッシュは妻が買ってきた木製のケースに入っている。
一回鼻をかむのに最低でも3枚は使っているなあ。ティッシュ様。優しくて柔らかいあなたに救われたあの日のことを思い出すたび、なんか、ごめんなさいと思ってしまう。
でも、きっと、今後なくなくなることはないだろうから甘えてしまっているのです。
一度に3枚……、いや、実は4枚、使っちゃってます。
貴女に救われた日を、たまに思い出すと花粉症の季節じゃないのに、鼻がむず痒くなる時もあるのです。
***
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