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丸腰でパーティールームに放り込まれたお母さんの話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

パナ子(ライティング実践教室)

 
 

子供たちの夏休みを目前にして「ひとり時間」が無くなると少々焦っていた私は、気の置けない友人にLINEでランチに誘った。
 

久しぶりのランチはお互いの近況報告など大いに盛り上がり時間はあっという間に過ぎた。しかし私にはもう一つ彼女としたい事があった。カラオケだ。
 

お互い歌うのが大好きで食事とカラオケはセットみたいな所があったが、今回は急にお誘いしてしまった為、カラオケの予約まではしていない。
 

食事も後半に差し掛かり私は思い切って聞いた。
「この後ってどれくらい時間大丈夫? もしあれだったらカラオケどう?」
彼女が帰ってきた返事は渋いものだった。
「うーん、ごめん。ちょっと今日は厳しいんだ。これから予定あって」
いいんだ、いいんだ。彼女と楽しく食事ができただけでも。
その後二人は店自慢のスイーツと香り豊かな珈琲を堪能して、別れた。
 

彼女と手を振り、歩き出して数歩。どうしても抑えられない衝動に駆られた。
(やっぱり! やっぱり! 歌っておきたーい!!!)
子供たちとカラオケに行く事もあるが、5才の次男と童謡を歌ったり、ノリノリで歌う8才の長男に合いの手を入れたりして宴会部長の役目が待っている。今日は「ひとり時間」を堪能する一日と決めているのだ。一人でも行こう、カラオケに!
 

路上で拳を握り決意したはいいが、なじみのカラオケ屋のアプリを開くと残念なことに全て満室の表示だった。自分の事は棚に上げて(みんな暇なんだな)と思ったりしたが、駅前に新しいカラオケ屋が出来ているのを思い出した。
 

新しいカラオケ屋に向かいながら、店舗のアプリを入れてみるが最後に身分証明証のスキャンが出てきた。どうせ行くならこれは店舗でやった方が早そうだ。一度も足を踏み入れた事がない店がどんなものなのか少々緊張の面持ちで入店した。
 

入ってすぐのレジには、アフロで黒縁メガネの男性店員が立っていた。
「すみません、一人なんですけど空いてますか?」
 

するとアフロは微かに表情を曇らせた。
「えっと……申し訳ありません……」
ここも満室なのか、そう思った私はつい「あぁ」とため息交じりの声を漏らす。
「ただいま、普通のお部屋が全て埋まっておりましてぇ~……」
 

だよね、だよね、そうだよね。なんとなく察しはついておりました。今日は大人しく帰りましょうかね。
 

すると会話を聞いていたのかレジ横の扉からアフロの上司らしき男性が出てきた。
「大きい方、いいよ」
「えっ……いいんすか?」
驚きの表情で上司を見つめるアフロがゆっくりと首を回して私を見た。
「お客様……パーティールームでしたら、すぐにご案内できます」
 

パパパ、パーティールームぅうううう!?
一人で来た丸腰のお母さんをパーティールームに放り込もうっていうのかい?
ねえそれマジで言ってる? 冗談じゃなくてマジで言ってる?
 

「パーティールームですかぁ……」
苦笑いしながら固まる私にアフロが畳み掛けてくる。
「お客様。普通のタイプのお部屋ですと10分後に空くのが一つだけあるんですけど、退店されたあとの清掃や消毒などで合計20分程度お待ち頂ければなりません。パーティールームですと、すぐにご案内できます!」
 

「料金はどうなるんでしょうか?」
「通常料金と全く同じです!!」
 

なるほど、なるほど。
そちらの方針は固まったようですね。ここで「私」という一組を待たせて更に客が来た時に案内が滞るよりも、さっさと一組を捌けさせて店舗全体の運営がスムーズに行く事を優先させるって事ですね。
 

しかも、私には、時間がない。
この後すぐに歌ってすぐに自宅に戻らねば、子供たちが帰宅する時間になってしまう。もしかして私に時間がない事をアフロは知っているのか!?
 

わかりました! その提案乗りましょう! 
この私が、真っ昼間から一人、パーティールームで熱唱させていただきましょう! それでwin-winということでよろしいですね?
 

了解の旨を伝えると、アフロは心底安心した様子で準備に取り掛かりながら
「パーティールームしか空いてなくて申し訳ありません」と再度詫びた。
 
アフロの案内に従いついて行った先に登場したのは、もう誰が何と言おうとまぎれもなく堂々としたパーティールームであった。
 

うそ……、これ下手したら30人入る広さやん。
長方形の箱に合わせて長椅子が向かい合うよう置かれてあり、そこそこの数の料理を乗せても大丈夫そうなテーブルが全部で4つ。しかも間には、人がお酌したり踊ったりできるくらいには通路がある。
 

サラリーマンが大きなプロジェクトを成功させた打ち上げの後の二次会で、中学生が卒業後に浮かれてみんなで集まろうとした集会で、大学生の合コンの二次会で……いろんな場面が脳内を駆け巡ったが、ここに立っているのは四十を超えたおばちゃん一人とアフロだけだ。
アフロは申し訳なさそうに「それでは失礼します」と言うと消えて行った。
 

さて、どうしよう。
まずはドリンクを頼まなければならない。さっきたった百円くらいの節約のためにドリンクバーを注文せずに、ワンドリンク注文を選択してしまった自分を呪った。あぁドリンクバーだったら一人ぽつんとパーティールームで佇む姿をもう誰にも見られなくて済んだのにー!
 

ジョッキに入ったキンキンに冷えた緑茶をまた別の店員がそれを持ってきた時、帰り際に「すみません」と苦笑いで会釈したのを私は見逃さなかった。
もうやめてくれ。哀れんだように謝罪するのはもうやめてくれ。
 

気を取り直して曲を選ぶ。
せっかくの大好きなカラオケだ。歌うぞ! 
手始めにNHK紅白歌合戦にも出場したバウンディを入れてみる。
熱唱のおかげで少し汗ばんでしまい、暑くなった私はエアコンの温度を下げに入口近くのリモコンに手を伸ばした。すると「照明」というボタンがある事に気付く。
 

そうだよな。ここはなんたってパーティールーム。その照明こそがこの部屋の真骨頂だろう。思い切ってスイッチをオンにしてみる。
すると眩いほどの赤青緑のネオンカラーがこれでもかというほどに部屋を回り出した。
 

ワオ! イッツ・ア・ショウタイム!!
一人で何やってんのという事と、真面目にネオンカラーを回し続けるパーティールームが可笑しくて私はヘラヘラと笑った。しかし、もしかしたらパーティールーム、君との出会いも一期一会になるかもしれない。そう思うと何故かこのド派手なネオンカラーも切なく、彼を無駄にしないよう私は一生懸命歌った。悪くなかった。
 

一時間の約束もあっという間に終わりが来て、私はレジに戻った。
アフロは言った。
「今日はなんかすみません……」
みなまで言うな。いいじゃないか。私も一人きりのパーティールームを楽しんだんだ。もしかしたらこんな思い出2度と作れないかもしれない。ネタにするよ。
 

私は謎の達成感を胸に自宅へと急いだ。

 
 
 
 
***

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2024-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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