メディアグランプリ

「召し上がれ」の言葉には魔力がある話。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:まつしたひろみ(ライティング・ゼミ)

 

月曜日の朝。

また一週間が始まる、と少し憂鬱な気分になる。いつもなら……。

 

しかしその日、私はカップ酒を手におでんを食べていた。

 

前日から東京に来ていた。

泊まったホテルは朝食付きだったが、チェックアウトの時間ギリギリに起きたので間に合わなかった。毎日仕事が昼からなので、朝が弱い。朝食付きのホテルに泊まっても間に合ったことがあまりない。頑張れば間に合ったかもしれない。でも頑張れなかった。いや、頑張らなかったのか。

朝食はもったいないことをした。でも……ちょっとニヤつく。

 

泊まった街にある、古い商店街に足を踏み入れた。アーケードで光が届かない分、ちょっと陰気な感じがする。そんな一角にあるお店。

以前テレビで紹介されていたのを見て、友達と来たことがある。今日は2回目。

月曜の朝だからお客さんは少ないかな、もしひとりだったら入りづらいかなと、ちょっと心配していた。しかし、心配は無用だった。店の前には列ができていた。並ぶのは好きではないが、せっかく来たので素直に並ぶ。

列に並ぶ人たちを見ると、おじさんばかり。父親くらい年代、定年を少し前に迎えたようなおじさんたち。あ! 若い人もいる! とよくよく話し声を聞くと……中国人か。

女ひとりで並んでいるのは私だけ。それもそのはず。私が並んでいるのはおでんの立ち呑み屋なのだから。

 

並ぶ列の先には、おでん鍋のあるカウンターある。道に面してカウンターはあり、机が道にふたつ並んでいる。

もう少し近くでおでん鍋が見たいなーと、首を伸ばす。2回目の来店とはいえ、注文方法に少し不安がある。前のお客さんの様子を見ながら、あれとこれと、と何を頼むか考える。

 

「おねーさん、ちょっと待っててねー、次だから」

いよいよだ、とワクワクする。練り物屋さんがやっているお店なので、奥ではどんどん練り物を揚げているのが見える。なんか揚げたてだって言ってる!

「はい、どーぞ。何にする?」

えーっと、できることなら全部ひとくちずつかじりたいです。

そんなことできるはずないか。たくさん食べたい気持ちはぐっと抑え、心に決めた4品を注文。

「あと、揚げたての……ください」

「飲み物はどうします?」

「熱燗で!」

 

お代を払って、お釣りをもらう。

「召し上がれ」

 

あれ? さっきまでの注文のトーンと違う。威勢のいい声だったのに、今の「召し上がれ」は囁くような、呟くような。ま、気のせいか。

 

テーブルまでおでんを運んでもらい、カップ酒の熱燗を受け取る。

がんもを一口かじる。出汁が口から溢れそうになり、ジュルッと音を立てる。

「あー幸せ」

おでんの美味しさと、朝から飲んでいる後ろめたさとが重なりなんとも言えない幸せな気持ちになる。ニヤニヤ倍増。

 

 

「どちらから来られたんですか?」

「大阪からです。昨日が仕事で、今日は振替の休みなんです」

「ああ、そうなんですね。で、あなたはどちらから?」

「名古屋からです」

「いやー、おふたりとも遠いですね」

広いテーブルではないので、隣の人と肩をくっつけながらの相席となる。御夫婦と男性一人、そして私。自然と隣り合う人と会話が生まれる。

最初に話しかけてきた御夫婦の御主人が、奥様が追加の注文で席を外した時に話し出す。

「今日ね、僕、誕生日なんですよ。家内が、プレゼント何がいい? って聞くからここに来たいって言ったんです。そしたら、連れてきてくれたんです」

「そうなんですね! おめでとうございます! いい奥様ですねー」

「ええ、秋田から朝、出てきて」

「秋田から!!!」

聞くと、秋田から東京へ、この店に来ることだけを目的に来たらしい。「60歳でなんてとっくに仕事を引退してると思ってましたよ」というお話をされたり、「これからどうしようね」と今日の行動を御夫婦で相談されていた。私と同じテレビ番組を見て、引き寄せられたらしい。

「心残りはない?」

と、奥様に言われ、ご夫婦はお店を後にした。

 

普段なら、隣り合う人に、知らない人に話しかけることもないし、話しかけられることもない。なのに、ここに立っているだけで、自然と隣り合う人と話せる空気ができてしまう。ちょっと素敵な話も聞けてしまう。

このお店の吸引力といい、この空気といい、一体なんだろう?

 

 

お店の中の方では、また揚げたての何かができた声が、聞こえてきた。みんなが注文しているので、私も欲しくなった。

注文したものを受け取る時、

「召し上がれ」

と、お店のお姉さんは呟いた。

 

そうか、それか。

色気がある。大人の色気をすごく感じる。

召し上がれ、の一言は今までに感じたことのない色気があった。

 

お姉さんだけではない。お店全体が色気を惜しみなく出している。

 

絶対的な自信があるもの、このお店でいえばおでん、それを大きくアピールするわけではなく、さりげなく提供している。テレビで紹介されていた時も、お店に集まる人たちにクローズアップして密着していただけで、これが美味しいんですよ、とかお店の人が紹介していたような番組ではなかった。お客さんを見ているだけで、お店で提供しているものがすごく素敵に見えた。

大人の色気のある人もそうだ。「私、色気あるでしょ」と思いっきりアピールしている人よりも、さりげない仕草とか言葉遣いに色気を感じる。

 

それに加えて、どんな人も受け入れてくれる包容力。

おじさんたちばかりのお店だけど、私みたいな女の子(と呼べるほど若くはないが)も受け入れてくれる。そして楽しんでもらおうと、心からの言葉を掛けてくれた。

素敵な色気がある人は誰でも分け隔てなく接することができ、受け入れてくれる包容力を持っている。

 

 

大人の色気を、赤羽のおでん屋で学んだ。

お店の醸し出す空気から、素敵な色気を感じた。

 

おでんもまた食べたい。

でもそれよりも「召し上がれ」の色っぽい言葉がまた、聞きたい。

 

そして、私も色気を出せる人になりたい。

……が、朝からカップ酒を飲んでいるようでは、大人の色気を出すには程遠い。

 
***

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2017-03-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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