大阪のオバはんこそが、世界に通用するグローバル人材だと思うわけ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:Meg(ライティング・ゼミ)
訳あって、30歳をいくつか過ぎてから海外に住む機会を得た。
アメリカ中西部・シカゴという町に二年間。
生まれ変わったら帰国子女になりたいと憧れつづけて30年余。
どうにか大学入試の英語をクリアした後は、留学することもなく国内老舗下着メーカーに就職。商談の相手は縫製工場のおじさま達と、物流倉庫のオカン達。幸か不幸か、高校卒業以来、英語を使う機会など皆無だった。
アメリカ行きが決まって急いでマンツーマン英会話教室の門を叩くも、学生の頃のようにはいかない。習った英単語は脳内にとどまることなく、次々にこぼれ落ちていった。
入国審査も危ういんじゃないかという不安なままの英語力で、私は渡米の日を迎えた。
アメリカに一定期間居住できるビザを持って入国する場合、観光目的の入国時よりも詳細な質問をされることが多い、という事前情報は出国前に仕入れていた。窓口に並ぶ両肩に緊張がみなぎる。
ついに、前の家族連れがゲートを通過。私は戦場におもむく兵士のような面持ちで窓口に向かい、パスポートと必要書類を差し出す。
特殊なライトでパスポートを入念にチェックし、何やらパソコンに入力する黒人審査官。緊張はマックスに達し、脇にはじっとりと汗をかいていた。
……と、彼が一言。「年はいくつ?」
さすがにこの中学生レベルの質問は、当時の私のリスニング力をもってしても完璧に聞き取れた。
一瞬、合コン的なノリなのか? とも思ったが、うまく返せるだけの英語力も勇気もなくて、私は子供のように素直に年齢を答えた。
パスポートに書かれた生年月日から計算すると30を過ぎているはずが、あまりの童顔・ちびっこのアジア人女子の出現に、それ以外の質問はどうでもよくなったらしい。彼は、追加の質問を浴びせることもなく、あっさりと入国のスタンプを押してニカッと笑った。
ホッとすると同時に、アメリカ生活への不安が一気に押し寄せた。
これからの二年間、どこに行ってもこんな風に、ちびっこアジア人と馬鹿にされ、ナメられるに違いない。英語力がないからジョークで返すこともできない……
黒人審査官は、入国スタンプと一緒に、卑屈な劣等感を私の心に刻みこんだ。
それからも、慣れない土地での生活は苦難の連続だった。
電気の契約窓口。必死に質問を頭の中で組み立てて、まごまごしていたら「俺の目を見て話を聞け」と怒られた。映画の名セリフのように、そこだけクリアに聞き取れた。
どうにかこうにか住みはじめたアパートの台所は、踏み台がいるほどの高さで包丁を使うのも一苦労だったし、近所のスーパーマーケットでは、一番上の棚のコーラに手が届かない。
レジも恐怖だ。さっきまで客と楽しげに会話をしていた黒人女性は、急にむっつりとした顔で私に何かを問いかける。質問が聞き取れず、表情だけで聞き返す私に、彼女は投げやりに手をひらひらさせる。
「もういいよ、話にならんわ、このアジア人」と。彼らはジェスチャーだけで感情を伝えるのがとてもうまい。そして、たった一振りの手の動きで、的確に私の劣等感を刺す。
さっきまで私の前に並んでいたおばぁさんとは、あんなに楽しげに会話していたのに……
とっくに会計も終わっているのに、彼らは何だか盛り上がって(もちろん何の話題かはさっぱり分からないが)黒人女性に至っては、今にも踊り出しそうな勢いで「イェー」などと言って大きな声で笑っていたのだ。
日本だったら、私語は禁止とマネージャーから注意を受けるどころか、他の客からも苦情がきそうなほどの盛り上がりぶりである。
犬を追い払うかのような失礼な扱いの仕返しに、カスタマーデスクに苦情の一つでも言ってやりたいと思ったが、もちろんそんな英語力はなく、忸怩たる思いでスーパーを後にする。
しばらく暮らしているうちに、しかし、こんな光景はさして珍しくないことが分かってきた。スタバでも、レジのおにいさんは後ろの列を物ともせずに先頭の客とトークを繰り広げる。ジョークでも言ったのだろうか、隣のレジも巻き込んで笑い声がおこる。
昼休み、ランチ帰りの二人が、親しげな挨拶をして笑顔で話しこむ。もともとの知り合いのようにも思えたが、別れ際に聞こえたのは、私のリスニングと理解が正しければ、初対面の人にする挨拶だった。
この国では、知らない者同士が出会ったら、そのほんのすれ違いの瞬間を楽しむフレンドリーな習慣があるらしい。
聞けば、日常に限らずビジネスにおいても同じだと言う。何気ないスモールトークでコミュニケーションを深め、信頼を勝ち得るのだそうだ。
とにかく、何だか楽しそうだ。トークの最後には「いい一日を」なんて言ったりする。とてもオシャレだ。私もいつか、レジのおにいさんの気の利いたジョークに笑って、ひとしきりトークを楽しんだ後に「いい一日を」なんて言ってみたい。
代わり映えしない毎日を、彼らは少しだけ豊かに生きているように見えた。
ただの劣等感は、いつしか羨望に変わっていた。
そんなある日、アパートのエレベーターで一人の黒人女性と乗り合わせた。
もちろん、まったく見ず知らずの人である。レザーのスキニーパンツを見事に着こなした彼女は、ファッション雑誌から抜け出してきたようだった。
見とれていると、目が合って、彼女が言った。
「私、その靴好き」
エレベーターには、私と彼女の二人だけ。
どうやら、私に向けて発せられた言葉のようだった。
とっさの英語を聞き取れた嬉しさ、褒められた嬉しさと同時に、妙な違和感が押し寄せた。
デジャヴ……
次の瞬間、すべてが腑に落ちた。
「大阪のオバはんだ!」
東京に引っ越してからはすっかり忘れていたが、それは、私の地元・大阪ではよくある風景だった。
「えらいハイカラなカバン持ってるなぁ!」
電車で前に座っていた見知らぬオバはんと目が合い、突然持っているバッグを褒められる。
「今日、パン安売りしてたで。買うときー」
レジ待ちの間、前に並んでいたオバはんに、聞いてもいないお買い得情報を教わる。
「私、ここの肉まん好きやねんー」
エレベーターで見るともなしに見ていた方向にいたオバはんと目が合って、食べ物の好みを披露される。言われて気づくと、彼女が提げていた紙袋から漂うおいしそうなニオイが、室内に充満していた。
がさつでお節介で、デリカシーに欠ける。大阪のオバはんに対する世間の評価は決して肯定的なものばかりではないだろう。
だが、彼女らは、誰よりも分け隔てなく、 フレンドリーでオープンだ。たとえ見知らぬ誰かであっても、目が合えば、その一瞬の交流を大切にし、日常の中の小さな出会いの一つ一つに、敬意をもって対峙しているのだと思う。
まるでサービス精神旺盛なコメディアンのように、ただ一瞬目が合っただけの見知らぬ相手に対しても丁寧に呼応する。憧れのアメリカ人のスモールトークは、大阪のオバはんのそれと同じだった。
これなら、私にもできる……
その日から、少しずつぎこちなさは消えていった。
刻印された劣等感は、スモールトークの武器に変わった。
日常の小さな出会いに感謝して、丁寧な笑顔で挨拶をするところから始めればいい。
やってみれば、ただそれだけの簡単なことで、憧れていた交流が生まれるのだった。
二年の月日が流れ、私は、面の皮の厚さを手に入れて帰国した。
そんな私に相談にきた同僚が言う。
「職場の外国人と、ビジネスの会話ならできるが、雑談ができない」と。
「どうしたら、そんな風に自然に雑談できるの?」とも。
難しく考えなくていい。世界に通用するコミュニケーション力を身につけたいなら、大阪のオバはんを見習うといい。一瞬一瞬を、ただ最大限に楽しめばいい。
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