手のかかる坊っちゃんを置いては逝けない
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:山形ゆか(ライティング・ゼミ11月コース)
7年前のある日、妹から電話がかかってきた。
「ママの首と脇、脚の付け根に“しこり”のようなものができてて、大きくなってきてる。がんが再発したんかな、どう思う?」
以前に甲状腺がんの手術をし、その後、再発。
ようやく完治となりそうなタイミングで、また転移したのか?
すかさずネットで調べてみる。
正しい方法かはわからないが、母が病院を受診する前に、ネットから情報を集めておきたい。首や脇、リンパ節にしこりが生じる症状。これは「悪性リンパ腫」の初期症状そのものだ。
すぐに実家に行き母の状態をみると、脇のところも鼠径部もかなり腫れているように見えた。痛みはないが、だんだん大きくなっているという。
「もっと早く言ってくれたらよかったのに!」
「堪忍え。痛くもないし、そんな気にせんでもええと思って……」
母は、病気に無頓着で楽観的だ。
甲状腺がんが見つかった時もそうだった。
「そのままでも寿命とがんの進行のどっちが先になるか、わからへんらしい。先生は、医者としては見つけた以上、手術を勧めますって。うちはどっちでもええんやけど……。パパは手術しろって言わはるし、しとこかな」
とこんな具合で、焦ったり、死への恐怖を感じたりしている様子がない。
病院での検査結果がでた。
やはり「悪性リンパ腫」だった。
「見立て通りやったわ。お姉ちゃんはすごいね。パパがめまいで転んだ時も脳梗塞かもって救急車呼んでくれて、早期発見やったもんね」
インターネットを理解しない母は、ネット調べた情報を、すべて娘が優秀だと勘違いする。
悪性リンパ腫は、白血球のうちリンパ球ががん化する病気。自分の病気ががんの一種だと理解したはずなのに、動じない。
もしかして、私たちを不安にさせないためにと楽観的に振る舞っているのか?
主治医から、病気の状況と治療方針について話す機会を設けるので家族も参加してほしいと依頼があった。誰が参加するか。
母は長女の私に来て欲しいと願ったが、私にはその勇気がなかった。
両親が年齢を重ね、病気をするたび、親を亡くすかもしれないという覚悟をしなくてはならない。
50才を過ぎて、つくづく思う。両親ともに健在というのも当たり前ではない。だから、こんな状況に直面するたびに怖くなるのだ。
病院には、父と弟。病院の近くで働く義弟も行ってくれることになった。
母には申し訳ないが、私には聞く勇気がなかった。
主治医の説明はこうだった。
悪性リンパ腫の初期とは言えないが、治療はできる状況。かなり強い抗がん剤を使用するので、倦怠感や嘔吐など辛い治療になる。この抗がん剤が使えるは今回だけ。生存率は、60%程度。治療が成功しても、再発の可能性も十分にある。
60%の生存率は、高いのか低いのか。母に辛い治療をさせることが正しいのかさえ、迷った。
ところが、父に迷いはない。父の強い希望で、先生の方針どおりの治療が始まった。
抗がん剤の投与後は、倦怠感が強くなり食欲もなくなる。味覚がなくなって、何を食べてもじゃりじゃりと砂を口に入れているような感覚。体力をつけるためにも食べなきゃいけないが、食べることが辛い。
私たちにできることは、何? ネットで調べた。
人の免疫力を低下させる大きな原因は、ストレス。
入院中、母が一番気にするのは父のこと。治療に専念できるよう、平日は妹が土日は私が実家に行き、父の身の回りの世話をした。
さらに、免疫力を上げるには、楽しく過ごす。笑うことが良いという。
母とともに笑って過ごそう。病院に行って楽しい話をして笑わそう。
父は、毎日病院に通った。朝の9時から夕食の時間が終わるまで、一日たりとも欠かさず。
食事を一緒にすることで、母が少しでもご飯を口にするようにしたかったのだ。
私は、会社帰りにデパ地下で彩りの良いサラダやケーキを買って、母に届けた。
「どう、食べられそう?」
「おおきに。食べてみるわ」
「治療はどんな感じ?」
「治療後はしんどいけど、吐き気もほとんどないし大丈夫。男性の方が治療は辛いってなるらしいわ。隣の病室からも男の人が大きな声で看護師さんに泣きついてるのが聞こえてる」
「女性の方が痛みに強いのかもね」
「それより、パパのこと。堪忍え。あんたらに迷惑かけて。ほんまに手がかかるやろ、うちの坊っちゃんは。家事は、なんにもできひんから」
母はやつれてはいるものの、終始笑顔で楽しそうに話す。
治療も順調。もう一息頑張れば治療が終わるところまできた。
半年の治療を終え、母は退院した。
退院後の母と話した時、死に対してこんな風に言っていた。
「うちは、死んでも別にいいかなぁって思ってる。あの世に行ったら、サトシが待ってくれてるかもしれへんから。でも、パパを一人にもできひんしなぁ。あんな毎日病院に来られたら、先には逝けへんわ。こうして生きてるってことは、まだ来るなってサトシが言うてるんやろか。死んだらどんなところに行くのか教えるのは、もう少し先になりそうやね」
母は、未だに覚えていたのだ。あの約束を。
弟が亡くなった時、死んだらどこに行くのかを知りたかった私はこんなお願いを母にした。
「ママが死んだら、どんなところにいるのか教えにきてな。サトシがどんなところに行ったのか知りたいから」
好奇心旺盛な子どもの、素朴な疑問と願いだった。
実は、その後も母は悪性リンパ腫が再発したり、抗がん剤が原因で菌に感染して生死に関わるような状況があったが、見事に復活している。
年々年老いても生死に対してしなやかに、それでいて強く。
父を一人置いてゆけない。息子の元には、まだ。
結局のところ、母の生きる力の源は「手のかかる坊っちゃん」父の存在なのだ。
***
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