メディアグランプリ

バタバタ走る


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記事:バタバタ子(ライティング・ゼミ日曜コース)

みなさんは、「医療事務」と聞いて、どのようなイメージを抱くだろうか。
受付のカウンターで保険証を預かったり、座ってパソコンをぽんぽん打ったり。
穏やかな環境で、淡々と、決められた通りのやり方で業務をこなす。
看護師ほど専門性は高くなく、責任は重くなく、肉体的にも精神的にも負担の少ない、気楽な仕事。
資格の学校や通信教育でも短期で勉強できるし、簡単に技能を身につけられる。
月末月初は多少忙しいけれど、それ以外は定時に帰れるから、つつましくも心にゆとりのある生活を送って、プライベートも充実させられる。
笑顔が素敵で、のんびりとした、癒し系の人が多い。

私もそのつもりで医療事務の求人に応募した。2年と少し前のことである。

現在、とあるクリニックで医療事務員として働く私の頭には、たびたび某国民的アニメのエンディングテーマ曲の一節がリフレインしている。
「バタバタ走るよ。バタコさん……」
そう、医療事務員とは、全然のんびりしていられない職種だったのだ。

かの国民的アニメのヒロイン、バタコさんのことは、みなさんご存知だろう。
メロンパンナやドキンちゃんに比べると地味だが、いつもパン工場で待っていて、おかえりなさいと迎えてくれる。
他のキャラクターが会話している後ろで、淡々とあんこの鍋を混ぜたり。話を聞きながら、破れたマントを繕ってくれる。
ピンチのときには駆けつけて、新しい顔に交換してくれる。「新しい顔よー!」と叫ぶ彼女の声は、どんな騒音もかきわけて、その場の全員に届くほど大きい。
作中ではいつも穏やかな笑みを浮かべている彼女だが、どうやら裏ではいろいろなことに追われ、バタバタ走っているらしい。

バタコさんのように、医療事務員も、一見地味で穏やかだが、身体と脳をフル回転させて、バタバタ走っている。同時に、患者さんに常に気を配り、最善のサポートを考えながら実行している。

まず、医療事務員は意外と体を動かす。
受診した患者さんが受付をし、検査を経て、診察を受け、会計のためにカウンターにもどってくるという流れに沿って、カルテや患者さん情報のつまったファイルを持って走る必要があるからだ。
今は電子カルテを導入している医療機関も多いが、様々な運用上の理由から、紙の受付票と併用している。
待ち時間の長さは患者満足度の低下に大きく影響するため、のんびり歩いてはいられない。
何より、カルテを届けて戻ってきたら、次のカルテがどっさり溜まっているし、診察は終わりかけているのにその患者さんのカルテは真っ白という状況では、とても平常心ではいられない。朝起きたら、家を出る時間の5分前だったようなかんじで、バタバタと走り回らざるをえないのだ。

それに、医療事務員は意外と大声を出す機会が多い。
患者さんに、高齢で、耳の遠い人が多いため、腹から出すような低めの大きい声でないと意思の疎通ができないことがたびたびある。
また、患者さんを会計のカウンターや検査室、診察室に呼ぶときは、大声を張り上げないと、待合室のざわざわした喧噪にかき消されてしまう。
同時多発的に他のスタッフもそれぞれ担当の患者さんを呼ぶため、彼女らに負けないように、さらに大きな声を張り上げる必要がある。
自分の声が患者さんに届いて目があったとき、私はにっこり微笑むが、バタコさんならこのタイミングで顔を放り投げているだろう。

このように、切羽詰まった状況で業務をこなしながら、同時に患者さんへの気配りもぬかりなく行わなければならない。

患者さんは、体のいずこかに不調があり、不安を抱えていることが多い。また、医療機関という場所そのものに緊張していらっしゃる方もいる。
我々医療事務員は、医師や看護師などのように、患者さんに直接治療を施すことはできない。しかし医療機関の一員として、患者さんへの接し方などで、少しでも不安を軽減することが求められている。

例えば、笑顔で対応すること。安心感を与えるように、ゆっくりとおちついて話すこと。不安や寂しさを吐き出したい患者さんのお話を、粘り強く、最後まで丁寧に聞くこと。体調の悪い人や困っている人がいないか、常に気を配ること。お困りの患者さんには、できる限りのサポートをすること。

患者さんが困っている内容は、多岐にわたる。
トイレの場所はどこかといった簡単なものばかりなら良い。
落とし物を探されているときは、全てのスタッフによびかけ、院内すべてを探す。
携帯電話の使い方がわからないから代わりに操作してくれと言われ、久しぶりに手にするガラケーの操作方法が思い出せず四苦八苦したり。
公的な書類や手続きについて尋ねられたら、資料を引っ張り出して説明したり、ご本人に代わって役所の窓口の方と電話で話したり。
前例のない事態にもたびたび遭遇する。そんなときに限って患者数が多く、ゆっくり時間をかけて考えていられない。パニックになって爆発しそうな頭でなんとか道筋をみつけ、度胸で進むような状況が、繁忙期は週に2~3回はある。

このように、マニュアルには到底落とし込めない量の様々なことを考え、頭の中では疲れ果て、途方にくれていても、表面的には常に笑顔と安心感を与える態度を保たねばならない。

当初思い描いていた医療事務員の姿と、現在の私の働き方の間には、結構大きなギャップがある。
想定していたより大変だが、全く退屈せず、刺激にあふれている。
それに、患者さんから直接患者の言葉をもらうことが、これほどうれしいとは思わなかった。
直接口にされなくても、患者さんが我々医療事務員とのわずかな交流を楽しみにしてくれていることは、折に触れて伝わってくる。

そんなときは、心からの笑顔が浮かぶのだ。
バタコさんのように、にっこりと。

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2017-04-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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