心が叫びやがったんだ。
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記事:牛丸ショーヌ(ライティング・ゼミ)
「社長、それで来期の事業計画ですが、ちょっと理解できないところがありまして……」
表向きそう言いつつ、私の本心はこうだ。
「社長、何言ってるか全く分かりません。ちゃんと日本語で話してください」
私が担当している株式会社ソリッド・リンクスは3期目の決算を終えたばかりので、急成長中のIT企業だ。
趣味に特化したSNSの運営を5つ行い、ネット広告事業も順調だ。
ちょうど1年前に1千万円の融資を実行してからの付き合いであるが、まさかここまで売上、純利益ともに実績を延ばすとは私を含め、社内でも誰もが予想していなかった。
もともと、浮き沈みの激しいIT業界だ。
昨年1千万円の融資をする際も社内の稟議決裁で認許をとるのも苦労した。
企業としてここまで順調に成長を続けているのは、ひとえに金城社長の先見性と実行力の賜物だろう。
そして彼は何よりアイデアマンでもある。
彼の新規事業におけるアイデアは、一見奇抜だと思えるものばかりだが、その全てが成功して黒字化している。
今ではソリッド・リンクスの始める新規事業は業界でも注目の的だ。
もはや、業界のカリスマになりつつある。
その金城社長から電話があったのは先週のこと。
「大きな設備投資をするので8千万の追加融資をお願いしたい」
銀行の営業マンである私にとって、8千万というのはかなりのオイシイ金額。
ただし、それは与信がすんなりと進めばの話。
そして、私には気がかりなことがあった。
私は金城社長が圧倒的に苦手なのだ。
「そうですか? どこが分からないんでしょうか?」
ロン毛に黒縁の眼鏡。
ジーンズに黒のジャケット。
想像するIT会社の社長らしく分かりやすい服装だ。
「数字の見通しのところは理解できました。ただ、この新規事業における見通しのところですが……」
私は訪問前に事前にメールで貰った新規事業における計画書を読んだうえで臨んでいた。
「うん、そこですね。ワクダさんは当社の理念をご存知でしょう?」
「は、はぁ」
「いいですか? 当社はエクセレントカンパニーにならないといけないわけですよ。そのためにはレッドオーシャンで戦っていても勝者にはなれません。ブルーオーシャンを開拓してこそ真のパイオニアになり得るのです」
私が金城社長を苦手な理由。
それは、会話のコミュニケーションが成り立たない。
正直なところこれは致命的だ。
担当者が社長から良い情報を引き出し、それをもとに稟議を作成する。
情報が引き出せるかどうかは営業の手腕の見せどころ。
それなのに、金城社長はこちらの話をまるで聞かないで話を進める。
相手にする必要のない企業であれば、「有益な情報がない」ことが逆に融資を断る理由になるのだが、このソリッド・リンクスは決算内容も問題ないし、業界でも注目されている企業である。
ここで融資をしておけば今後の長い付き合いが担保され、ほぼメインバンクは確定的だろう。
何としても、融資を実行したい。
さて、どうしたものか。
結局は有効な情報を引き出すよう努力してみるしか手段はない。
「まぁ、その理念は会社のパンフレットやホームページで拝見していますが……」
「じゃあ、お分かりでしょう?」
私はウソをついた。
担当企業は約50社ある。
その全ての企業理念なんて、覚えているわけない。
それに、決算がまともなのが前提で、事業計画も業界の一定基準さえクリアーしていれば融資しているのが現状だ。
「その理念は分かったとして、この新規事業における費用対効果です。ここがいまいちよく分からないのですが……」
「ワクダさん、今の時代はパラダイムシフトが起こってからキャズムが取り払われ、コアコンピタンスがコモディティ化された結果、先行き不透明な不況のウェーブが押し寄せています」
(出たよ、金城社長のカナカナ語。ここは日本国内で同じ日本人ですが?)
心の声はそうつぶやく。
「は、はぁ」
私は話を合わせる体で相槌を打つ。
「こういう時だからこそ、ゼロベース思考が重要だと考えています。当社はファクトベース思考を徹底しており、ボトルネックを排除したベネフィット創出事業にフルコミットする事で、安定的な成長を遂げることができました」
(はい、全く何言ってるかわかりません。思考に思考を重ねて一体、いくつ思考を重ねるのでしょうか? そもそも、もっと簡易な言葉で言えないのか?)
「は、はぁ」
「我々のアセットでもあるナレッジ化されたコンテンツ・マーケティング戦略を加速度的にドライブさせていくことで、世の中にディープインパクトを与えると考えています」
(もう金城社長、あなたはわざとカタカナを使っているとしか思えませんけど?)
「私も含め社員がポリバレントプレーヤーとして活躍することにより確立されたリスクヘッジメソッドは、他業種とのアライアンスを積極的に構築する事で効率化を図り、いずれ社会におけるデファクトスタンダートとなっていくと確信しています」
(もはや、あなたはルー大柴か?)
「ワクダさん、ここまではご理解していただけましたか?」
「は、はぁ」
(いや、100%無理!)
「要は市場がシュリンクされたバジェットをどのようなスキームで獲得していくのか、そのオポチュニティマネージメントこそがキーになると考えています。PDCAサイクルを実践し、常に業界のイニシアチブを獲得しながら、インタラクティブに物事を考え、オーソライズしていく……これが最終的には我が社だけでなく業界全体のブレイクスルーに繋がると考えています」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい」
私は仰々しく右手の掌を見せてその場を制した。
「はい?」
「金城社長、あの、もっとその、カタカナを、使わずに話してもらえませんでしょうか?」
(言ってしまった。ついに我慢の限界を超えて言ってしまった)
「え、カタカナ? それは私にアグリーできないってことですか?」
「いや、だからそのアグリーとか使うところだよ!」
(あっ!)
頭が混乱した。
今まで心の中でつぶやいていたことが、ついに言葉として口から飛び出してしまったらしい。
まずい、非常にまずい。
「ワクダさん、あなた……」
金城社長は口をあんぐりとしたまま私を見る。
「金城社長、申し訳ありません……私の心のやつが勝手に叫びやがったんです」
「おぉ、それはヒューマンエラーですね。エクスキューズは必要ありませんよ」
「アグリーです!」と私は叫んだ。
※本内容は事実をベースにしたフィクションです。
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