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笑うブラック上司に要注意


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記事:hiromi(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「なぜ部長から僕のところに電話がくるんだ。君が1から10まで仕切らなきゃだめじゃないか!」
 
電話口で怒鳴る上司。
私は何に対して叱られているのかさっぱりわからず、とりあえず「はぁ……」と返事した。
その後も一向に噛み合わない会話に苛立ち、しまいには私の方から「申し訳ありませんでした!」と言い放って電話を切ってしまった。ガシャンッ! と乱暴に受話器を置いて怒りを露わにしたかったが、残念ながらスマートフォンではペンッ! と赤の受話器マークを叩くのが精一杯だった。
 
上司の発言を反芻するも、やっぱり納得がいかない。
これまでの自分の努力は何だったのだ。怒鳴りたいのはこっちだ。
 
それは、編集部が主催したイベントで起こった。
 
クライアントが出資して実現したイベントという性質上、こちらに何か落ち度があってはまずい。対クライアントの窓口担当になっていた私は、常に気を引き締めて準備を進めてきた。
先方の担当者と何度も打ち合わせをして、プログラムを作り、各方面の役割分担も私が決めた。
イベント当日、万が一寝過ごすようなことがないように、普段よりも1時間早く目覚ましをセットして、私は約束の1時間以上前に会場に到着していた。
 
もう何度も見直したスケジュール表を取り出し、再度、出演者の入り時間と編集長の到着時間を確認する。
この日はイベント出演者と編集長の対談が企画されていて、集合時間に顔合わせの挨拶をした後、すぐに2人で対談内容のすり合わせに入ってもらう必要があった。
ただでさえタイトなスケジュール。確実に計画通り進めていかなくては……。流れをシュミレーションしていたら、また緊張してきてしまった。
 
約束の10分前になって、本日の主役が颯爽と登場した。
長い黒髪のスレンダー美人がサングラスをかけている姿は、ハッとするほど美しい。
海外経験が長い彼女には、日本人離れした存在感がある。
うっとりと彼女を見つめたのもつかの間、ふと現実に戻る。
 
はて。編集長は、約束時間に……来る?
嫌な汗が流れた。直属の上司である編集長がこれまでに犯した失態の数々が頭をよぎる。
 
編集長は編集部の誰よりも雑誌を愛していた。締め切り目前になると、連日連夜の徹夜は当たり前。血走った眼球をしばたかせながら編集作業に打ち込む。その姿に思わず畏怖の念を抱いたこともあったが、いっぽうで、実にバランスの悪い人でもあった。
とにかく時間や締め切りにルーズで、ひどい時には大物への取材をすっぽかしたことさえある。
 
悪い予感を増幅させていると、ジーッジーッ、とスマホが震えた。
『すみませんっ! あと20分くらいで会社出られると思う!(笑)』
 
気の抜けたメールに血の気がひく。
またやられた……。見慣れた「(笑)」の文字が踊る文面に、私は心底嫌気がさした。
こんな大事な日に遅刻? しかも、まだ会社も出ていないって?
 
いつもそうだ。
コイツはまずい状況になるほどメールに「(笑)」を多用する。締め切り日の前日になって仕事を振ってくる時の依頼メールは、決まって「お願い!(笑)」で締めくくられていた。
 
笑えない。
笑えるわけがない。
 
窓口担当者として、クライアントへどう言い訳したら良いものか……真っ青な顔をして、メールの返信もままならない私を見かねて、とりあえず先に来ていた部長が連絡係を引き受けてくれることになった。
 
が、これがいけなかった。
部長に告げ口したな! と言わんばかりに、冒頭の電話があったのだ。
 
約束の時間から1時間半、ようやく現れた上司は笑みを浮かべながらペコペコ。クライアントが大人の対応をしてくれ事なきを得たが、それがかえって情けなく、私はやるせない気持ちになった。
 
憤懣やるかたない私に、部長は「きっと何か仕事で何かトラブルがあったんでしょう」と声をかけ、その場を決着させたのだが……。
 
数日後、事件は起こった。
 
「え、知らなかったの?」
昼休み、にぎわう社員食堂で、年の近い編集部のメンバーが素っ頓狂な声をあげた。
彼女は哀れみを込めて、私にこう言ったのだ。
「イベント前日の夜、編集長ずいぶん遅くまでお酒を飲んでいたみたい。深夜2時くらいまで」
「……」
「それで、翌朝起きられなかったんだって。ひどいよね。大事なイベントに遅れるなんて」
 
頭の中が真っ白になった。
あまりにもくだらない。こんな理不尽なことってあるだろうか。
 
世の中には理不尽なことが数え切れないほどあるってことぐらい、社会人になって何年も経っている私は重々承知している。
 
でも……帰りの電車で「君のためを思って言ってるんだからね」とネチネチ弁解してきた編集長の顔が脳裏にこびりついて剝がれない。
 
その日、私は会社を辞めようと決意した。
 
私には雑誌編集者としての適性がなかったのかもしれない。
今は修行だと思って、理不尽な仕打ちにも耐えるべきだったのかもしれない。
でも、これ以上、編集長に不信感を持ちながら雑誌を作っていても「楽しい」と思える自信がもてなくなってしまった。
 
私が「辞めます」と言った時、編集長は「もう一度考え直してみないか」と言った。
けれど同時に、「基本的に僕は去る人は追わない主義だから」と、無理やり引き止めることもしなかった。
 
最後の出勤日、退社しようとしているところに編集長からメールがきた。
『最後に鮨でも食べに行かない(笑)?』
 
この人は最後まで(笑)をつけなくては気がすまないのだな、と少々呆れつつも、お寿司は食べたい。
『行きたいです』
と返信して、会社を出た。
 
店に到着すると、すでに編集長が座っていた。
乾杯の後、編集長はおもむろに話をきり出す。
「本当はどうして辞めるの?」
「実家に戻って稼業を継ぐんです。前に申し上げた通り」
「確かにそれが一番かしこい選択かもしれないな。こういう仕事って、のめり込むと家庭とかぐちゃぐちゃになっちゃうからね。自分が褒められるようなことをしていないというのもわかってるよ。でも、人が何と言おうと、自分が死ぬ時にこれで良かったんだと思える人生を僕は送りたいと思ってるんだ」
「……そんなこと思ってたんですか」
「実は以前、僕には子供がいたんだ。でも、なぜかある日突然死んでしまった」
「え?」
「産まれて数カ月間は確かに生きていたんだよ。まさかそんなことになるなんて思ってもみなかった。人生って本当に何が起こるかわからないし、想定外のことを避けようもない。だったら他人になんと言われようが、自分はこうするんだということを押し通さなきゃ。人に合わせる必要なんて全くないよ!」
 
――だから、編集長はいつも約束の時間に遅れるんですね?
という言葉は飲み込んだ。
 
何かにつけて理不尽を押し付けてきた編集長だったが、彼なりに辛い経験を乗り越えてきたらしかった。
 
もしかすると、私は「嫌なことも歯を食いしばって耐えなくてはならない」という気持ちを持ちすぎていたのかもしれない。
 
人に危害を加えるようなことは別として、世の中の「良い」と「悪い」の境界は、実はとても曖昧なものだ。
ならば、「私がしたいからする」、で良いじゃないか。
そのシンプルな理論が、すとんと腹落ちした。
 
もう少し早くそのことに気付いていれば、会社を辞めるまでのことはしなかったかもしれない。もっと早く編集長と飲みニケーションしていれば、腹を割って話し合えたのかもしれない。
 
でも、過ぎたことを後悔していても仕方ない。
面倒な編集長のもとを離れた今こそ、自分を解き放つ時だ。
これからは、理不尽な上司に尻拭いをすることも、無神経なメールに振り回されることもない。従うべきは、自分の心のみなのだから。
 
 
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2017-05-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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