メディアグランプリ

私が鉄塔にエロスを感じるその理由


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:キクモトユキコ(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
 
「鉄塔ってなんかエロいよね」
なんて言われたら、どう思う?
何も聞かなかったかのようにスルーする? 翌日からそっと距離を置く? 「無機物に対してエロいという感情を持ったことがない」と真面目に返答する?

「分かる!」
なんて言う人がいたら、私は無言で右手を差し出して握手を求めたい。だって冒頭のこの言葉、私が言われた側じゃなくて私が言う側なのだから。

電線に絡まってみたい。
中学生の時から電線が好きだった。空と電線の組み合わせが好きで、よく写真に撮っていたと思う。なんとなく気になる存在が電線だったのだけど、いつしか「電線に絡まってみたい」と思うようになった。(たとえそう思ったとしても良い子の皆は実際に行動に移さないでほしい) 勿論こんなちょっとアブナイ思想は仲の良かった幼馴染にしか言えず、彼女が描いてくれた電線に絡まっている女の子のイラストが私の実家に眠っている。

電線、鉄塔、工場、溶鉱炉、プラント、港……成長とともに私の興味の対象は規模が大きくなっていった。
そんな中でも、シンプルで美しく、そして最もエロいと思うのが鉄塔だった。
連なってそびえ立つその姿。高さの割には細く感じる鉄骨。夕暮れ時にシルエットとして佇む鉄塔を見てしまったら、私はいつもドキドキしてしまう。甘いものが好き、とか、絶叫マシンが好き、とか、そういった「好き」とは明らかに違う。鉄塔を見ると条件反射のように胸が高鳴ってしまう。壇蜜さんの言うところの「ハァハァする」がとても適切だと思っている。
(世の鉄塔好きの方々の名誉のために言っておくけれど、すべての鉄塔好きの人々が鉄塔をエロい目で見ているわけではない、ということは頭に留めておいてほしい)

「鉄塔ってなんかエロいよね」
と言われて、
「なんで?」
と返す冷静な人がいたとしたら。
昔の私だったら上手く答えられなかったかもしれない。造形が美しいとか、直線が好きとか、そういったものは「鉄塔が好き」な理由であって、「鉄塔がエロい」の答えにはならないからだ。

けれど数年前の夏、私はついに「鉄塔がエロい」の理由に辿り着くことができた。
何がきっかけだったかというと、それは鉄塔の名所に行ったからとかではなく、カウンターだけの小さな小さなバーでのことだった。

そのバーのマスターとは、当時私が行きつけにしていた別のバーで知り合った。カウンターで隣合って、話しているうちに彼も近くのバーでマスターをしていることを知った。ショップカードを貰ったので、別の日に彼のお店を訪ねてみることにしたのだ。
雑居ビルに入っているそのバーは、カウンターのみ5席ほどの小さなお店。まず私の目を引いたのが、カウンターに並ぶお酒のボトル。ボトルが並ぶのはバーでは普通の光景かもしれないが、ここでは赤や黒の縄に縛られたボトルがカウンターに並んでいた。縛られた、というのは、亀甲縛りとか、そういう類の。
薄暗い店内に目を凝らすと、壁にかかっているポスターの写真は女性の身体のドアップで、その身体には不思議な紋様がペインティングされていて、さらにカウンターのボトル同様に縄が食い込んでいた。

そこで初めて、マスターがボディペイントと緊縛と写真のアーティストであったことを知った。

店内には自由に手に取れるアルバムが何冊か置いてあり、マスターがボディペイントを施した女性や、縛られた女性や、あるいはどちらもされている女性の写真が収められていた。壁のポスターもマスター自らモデルの女性にペインティングし、縛り、写真に撮ったものだった。

私はそのアルバムに釘付けになってしまった。
それまでは緊縛と言われると、いかにも日本家屋が似合いそうな、おどろおどろしい、女性の苦悶の表情が浮かぶような湿っぽい嗜好のものだと思っていた。それがどうだろう、マスターの作品にはそういった要素が一切なく、シーツに横たわる女性は縛られているけれども笑みを浮かべ、西洋画の裸婦のように美しく、そしてエロスがあった。階段に佇む女性は縛られているけれど、挑戦的な瞳でカメラを見返していて、やはり美しく、エロスがあった。

そしてとある写真で私は更に衝撃を受ける。それは女性の脚を緊縛した写真だった。

私はその写真に、緊縛された女性の脚に、鉄塔を見た。

縄が鉄塔を形作る鉄骨に見えた。女性の脚に食い込む赤い縄が赤色の鉄塔に見えたのだ。
そして、鉄塔を目の前にした時のあのドキドキと同じ興奮に私は飲み込まれてしまった。
よくよく考えてみれば「電線に絡まりたい」というのも、緊縛された女性そのものではないか。

「ねえマスター。私、鉄塔とか好きなんですけど、この写真、鉄塔みたいですね」
「そう言われたらそうかもなあ。そういえば俺も鉄塔好きだったわ」

私は鉄塔に、女性の美しさを見ていた。
鉄塔の直線美と女性の曲線美。相対する2つの美しさが作用していたから私はこんなにも強く鉄塔に惹かれ、緊縛された女性の姿にも強く惹かれたのだ。勿論、かなり特殊な性癖であろうということは重々承知している。それでも、恋愛でなくてもドキドキさせてくれる存在が日常生活にあるということに感謝せずにはいられない。

「鉄塔ってなんかエロいよね」
「なんで?」
「鉄塔を見てると女性の美しさとエロスを感じるんだよね」

これでもなお、「分かる!」と言える同志がいたのなら。
私は満面の笑みで両手を差し出して握手をしたい。そして一緒に鉄塔を見に行って、あのバーで写真を眺めながら一緒にお酒を飲みたい。

 
 
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2017-07-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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