気弱な私がおせっかいばばあに目覚めた理由
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:谷口直美(ライティング・ゼミ 日曜日コース)
「ダスター貸してもらえますか?」
「申し訳ございません。すぐ拭きます!」
ニコニコしていた店員の表情が一変し、隣にいた店員にテーブルを拭くように合図をした。
「忙しそうだから自分でやるのに」と内心思いながら、カフェラテを片手に持ち、テーブルのそばで、店員が来るのを待っていた。すぐ来ると思ったが、なかなか来ない。何だか居心地が悪かった。
客の立場であっても、何かを頼むことは苦手だ。
これはおそらく母の影響だ。
母は父と2人で商売をしている。父は、商売のことも、家のことも全て母に任せっきりだった。そのため、母は常に忙しくバタバタしていて、時間がないというのが口癖だった。65歳をすぎ、足が悪くなっても、いつも小走りの態勢で、自分がやらなければならないという気持ちでいっぱいだ。
小学生の頃、学校が休みの日曜日は、母と一緒に近所の店に昼ごはんをよく食べに行った。近所のお店は、みんな知り合いだった。そのせいか、食べに行っても母は仕事をしているみたいだった。客なのに、水を運んだり、テーブルを拭いたり、忙しそうに動いている。知り合いの店主は、「休憩なのにごめんね」と申し訳なさそうに言う。母は「いいのよ。忙しいんだから、気にしないで」と答え、食べ終えるとすぐに自分の仕事に戻った。私も、昼ご飯を食べにいくと、何かしなければならない気がして、ソワソワしていたのを今でも覚えている。
そんな母の姿をみていたので、人に頼むことが苦手になった。客であっても、自分が動かなければという気持ちになってしまうのだ。
「すみません」とペコっと頭を下げて、店員がダスターを持ってひょこひょこやってきた。
私は、ありがとうという気持ちより、忙しいときに悪いねという気持ちで、いっぱいだった。
でも、彼が慣れない手つきでテーブルを拭いている間、ずっと言おうかどうしようか迷っていたことがあった。
「あの丸テーブルも汚れていますよ」
その一言だった。
実は、拭いてもらっているテーブルは2番目に選んだ席だった。最初に選んだテーブルが汚れていたので、今の席に移ったのだ。しかし、そのテーブルも汚れていた。仕方なく、店員に声をかけるしかなかった。
人に物を頼むことでも苦手なのに、注意するのはさらにハードルが高かった。
なんとなく、おせっかいばばあになる気がして、言えなかった。
もう、言うのをやめようとしたとき、汚れているテーブルに、別の人が座ろうとした。
それを見た瞬間、思わず「あの丸テーブルも汚れていますよ」と言ってしまった。
あ、どうしよう、言っちゃった。
おせっかいばばあになってしまった。
彼の反応が気になった。
意外にも、彼はまた、ペコっと頭を下げて、「すみません」と言って、テーブルを拭きに向かった。
言ってよかったのだろうか。なんとなく気になった。でも、別のお客様の役には立てたのかもしれないと、少し気を取り直して、カフェラテを一口飲んだ。
いつもの通り、小説を読み、カフェラテを味わいながら1人だけの至福のときを過ごすはずだった。しかし、なかなか頭に文章が入ってこない。カフェラテもいつものように、美味しいとは感じなかった。
やっぱり、言うんじゃなかった。
ダスター貸して欲しいと言えば、貸してくれたら良いのに。
自分で拭いていたら、いつもの通り自分の時間を楽しめたのに……。
少し店員を恨む気持ちになりながら、何気なく、ふっと目線を上げた。
先ほどの彼の姿が見えた。
頼りなさそうな店員だと思っていた彼が、店内の空いているテーブルを順番に、汚れていないか確かめながら拭いているではないか。
何だか嬉しかった。
彼の姿をみて、言ってよかったのかもれないと思えた。
そうだ、私もお客様の一言で、いろいろなことを学ばせてもらったではないか。
イタリアンレストランでアルバイトをしていた時のことだ。
店で一番高いディナーコースを予約していたカップルが食事を楽しんでいた。
「ディナーコースのデザートは、何かしら?」女性のお客様が質問をしてきた。
「ベイクドチーズケーキに、カシスシャーベットとバニラアイスが添えられています」と私は答えた。
「カシスが苦手なので、バニラだけにして欲しい」とお客様は言った。
そんな要望を言われたのは初めてだった。前例がなかった。
「できない」と私は答え、そのまま決められたデザートを提供した。
それから間もなくして、社員に呼び出された。「お客様の要望は、すぐにできないと勝手に答えない! 必ず店長か主任の私に相談して!」と、こっぴどく叱られた。訳が分からなかった。
主任と一緒に、お客様に丁寧にお詫びをし、要望通りにデザートを作り直し提供すると申し出た。しかし、女性のお客様は、きっぱりとその申し出を断わり、冷たい表情まま、食事を終え店を出ていってしまった。
片付ける時、カシスシャーベットだけが残され、ドロドロに溶けていた。ひょっとしてお客様にとって特別な日だったかもしれない。私の一言でお客様の特別な日を台無しにしてしまったのかもしれない。
お客様にはもちろん、主任にも、シェフにも、ドロドロに溶けたカシスシャーベットにも、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
それ以来、私はどんなことでも相談するようにした。出来ないとわかっていても、一度は持ち帰り相談してから答えることが習慣となった。その習慣は、社会に出てからも大いに役に立ち、当時クレームを言ってくれたお客様に感謝している。
ひょっとして、私は彼にとって感謝される存在になれたのかもしれない。
人に頼むことや、注意することは、人を成長させるのだ。
なんだ、おせっかいばばあも、なかなか良いじゃない。
彼のおかげで、少しだけ、人に何か頼むことや注意することが楽になった。
「ごちそうさま」
私は、彼にそう言って、店を出た。
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