東京へ……《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:高浜 裕太郎(プロフェッショナル・ゼミ)
※このお話はフィクションです。
「あっ、すみません! すみません!」
山手線のホームで、会社帰りのサラリーマンにぶつかりながら、歩いている。彼らには目が付いていないのだろうかとも思う。おそらく、都会に住んでいると、前しか見えなくなってしまうのだろう。
東京の人間は、どうにも歩くのが速い。まるで、常時エスカレーターにでも乗っているかのような速さだ。常に、何かに追われているような、何かから逃げているような、そんな感じを受ける。
だから、結構な速さでぶつかって来られるのだ。
「すみません、立川市ってどうやって行けばいいんですか?」
私は、東京に来たことなんて、家族旅行の時くらいしかない。1人で東京に来るのは始めてだ。
東京は、地下鉄も、鉄道も、まるで迷路のように張り巡らされている。ネットで調べてみたけれども、どうにも行き方が分からない。こういう時は、駅員さんに聞くに限る。
「あぁ、立川なら、山手線で新宿まで行って、そこから……」
駅員さんは、懇切丁寧に説明をしてくれる。私のことを、地方から出てきた田舎者だと見抜いたのだろう。
私が、大学の講義を休んでまで、東京に来たのには、ある理由がある。少ないバイト代を落ち葉のようにかき集め、九州から東京へ来たのには、ある理由がある。
それは、彼に会うためだった。
彼とは幼稚園の頃から一緒にいた。いや、もっと前から、私と彼は出会っていたのかもしれない。
彼の住んでいた家と私の家とは、近所同士だった。だから、私が小さい頃から、家族ぐるみで付き合いがあった。夏には、両家でバーベキューもしたし、彼のお父さんにも、よく色々なところへ連れて行ってもらった。もう、彼の家と私の家は、家族同然の付き合いをしていたと言ってもいい。
彼は、私と同い年だった。だから、自然と、小さい頃から遊ぶようになった。彼の名は、沢田ユウという。
ユウは小学校の低学年くらいから、習い事を始めた。サッカーや塾、習字等、多くの習い事に通っていた。そして、彼はその才能を遺憾なく発揮し、サッカーでは全国大会に行ったし、習字においても、何度も入選していたし、学業の成績も優秀だった。
そして、私と遊ぶ時も、彼は優秀だった。
彼は、時間の使い方が上手だったのかもしれない。空いた時間を見つけては、彼と私は遊んでいた。忙しい彼は、毎日ほぼ予定が埋まっていたが、それでも、隙間時間を見つけて、私と遊んでくれていた。
その関係性が明確に変化したのは、お互いが中学生の頃だった。
中学生になると、まるで新芽が出るかのごとく、心の中に「恋愛感情」というものが生まれてしまう。
すると、「仲の良い友達」という関係に、なんだか違和感を覚え始めたのだ。私が先に覚えたのか、彼が先に覚えたのかは分からない。けれども、それはまるで喉に刺さった、魚の小骨のように、見過ごせない違和感になっていた。
見えない誰かが、「彼と仲の良い友達のままでいいの?」と私に囁く。おそらく、彼にも、誰かが囁いているのかもしれない。その囁きを無視できなくなったのだろう。私達は、いつからか「恋人同士」の関係になった。
「恋人同士」になったからといって、私達の関係性に、何か変化が生じるわけではなかった。歯車の動きが、急に早くなったりはしない。いつもと同じ速さで、ゆっくりと、お互いの歯車は回っている。唯一変化したとすれば、「キスをする権利」が与えられたぐらいだろうか。
高校も、同じ学校へ進学した。彼はずっと優秀だったから、県内トップの進学校へと進んだ。私は、彼という早馬に、食らいつくような形で、同じ学校へと進学した。けれども、「彼がいるからその学校へ進んだ」と断言できるかと言えば、そうではない。結果的にそうなっただけで、私は元々進学校へ進むつもりだったから。
高校の時も、彼と私の関係性が変わることはなかった。驚くべきことに、私という歯車と、彼という歯車は、幼稚園の頃からずっと、同じペースで回り続けているのだ。関係性はずっと変わらない。「恋人同士」というラベルが、仕方なくくっついているだけで、私達はずっと変わらない。おそらく、私が違う高校へ進学していたとしても、変わらなかっただろう。
私は、その歯車の動きに、乱れが生じるなど、微塵も思わなかった。
「俺、東京の大学に進学しようと思う」
彼からそう聞いたのは、高校3年生の夏だった。彼は、所属していたサッカー部を引退し、真剣に進路に向き合っていた。彼の将来を見通す目は、まるで一点の曇りもないレンズのように、真摯だった。彼のことだ。何かの夢があって、東京へ行きたいと言っているのだろう。それは、九州じゃ出来ないことなのだろう。
彼が真剣に考えて出した結論に、私が意見を言うなんて、間違っていると思った。当然だ。彼には彼の人生がある。そして、東京に行ったからといって、私と彼の歯車がかみ合わなくなることなんて、きっと無い。おそらく、このままずっと、回り続けるのだろう。
私は九州に留まろうとしていたが、それでもよかった。九州と東京なんて、飛行機で2時間の距離だ。今はスマホも普及していて、電話はもちろん、テレビ電話も出来る。彼との距離は、遠いようで近い。そう思っていた。
私が大学に入って初めての夏休み、ようやく東京へ行けるだけのお金を貯めることが出来た。
東京に行くまで、彼とは連絡は取り続けていた。見えない糸が、九州と東京の間、何百キロと結ばれているようだった。彼は、新生活を過ごしていく中で、驚いたことや、辛かったこと、嬉しかったこと等、些細なことを私に話していた。まるで、小さい子供が、お母さんに、いちいち報告するかのように。
私も、日々の些細な変化を彼に報告していた。その話に対して、彼もまた反応をしてくれる。私が辛い時は、慰めてくれたり、嬉しかったことがあった時は、一緒に喜んでくれた。まるで、私の心の中が読めるんじゃないかってくらい、彼と話すのは楽しかった。
そしてそれは、高校生の頃と全く変わらない光景だった。何も変わらない。あの教室に、2人がいないだけ。あのグラウンドに、2人がいないだけ。2人が九州と東京にいるだけ。それだけだった。それ以外は、何も変わらない。
「次はー、立川ー。立川―」
車掌さんの声が響く。その声に反応したのか電車の席に座って、眠っていた人が起きあがったり、降車する予定の人が、出口付近に移動したりしていた。せわしない街だなと、私は思った。
立川市に降りると、そこは福岡の天神と、さほど変わらないくらいの街並みだった。立川は東京の、少し外れたところにあるが、それでもこれだけ騒がしいのかと、少し目を丸くした。
彼の通っている大学は、立川近郊にある。彼は、この大学の近くに、住んでいるという。
駅から少し歩くと、すぐに光は消えて、住宅街へと入った。まるで、立川市の光と影の姿を見ているようだった。天神のように騒がしい街は、立川の1つの側面でしかなく、本当はこんなに静かな街なのかもしれないと、思った。
街灯だけが、頼りなく街を照らしている。街灯の白い光を浴びながら、道を進んでいく。夏のジメジメとした湿気と、この暗がりのせいで、なんだか気味が悪かった。不審者が出てくるとしたら、こんな日だろう。
そんな街灯の光に包まれた、アパートの1室が、彼の部屋だった。
2階の、1番隅の部屋だった。あまり新しい建物ではなく、階段を登っている時に、キイキイと嫌な金属音がした。
「ピンポーン!」
呼び鈴を鳴らすと、中からドタバタと音が聞こえた。おそらく足音だろう。その音が、どんどん近づいて来ているのが分かった。
「はい?」
中から、彼がひょこっと顔を出した。まるで、草むらから動物が顔をのぞかせるかのようだった。彼は、誰かを警戒している様子が、まるでなかった。たぶん、いつもそうやって、ドアを開けているのだろう。あまりのあどけなさに、私は一瞬戸惑った。
「こ、こんばんは……」
私は、自分の口から、こんな他人行儀な言葉が出てくるとは思わなかった。自分でもびっくりした。彼には事前に、東京を訪れることは伝えていたけれども、いざ会うと、やっぱり変に緊張してしまう。数か月会ってないだけで、こんなに懐かしい気持ちになるのかと思った。ひょっとすると、私達の歯車は、この数か月、動いていなかったのかもしれない。錆びついてしまっていたのかもしれない。
「おぉ、久しぶり……」
彼は、私が思っていたよりも、小さめの反応を示した。もっと、大きな声で、「おおー! 久しぶりー!」なんて言ってくれるのかと、少しだけ期待した。けれども、なぜか彼の顔は、少しだけ曇っているかのように見えた。天気で言うと、曇り空になるだろうか。私は、晴れだと思っていたのに、彼の顔と表情は、曇りだった。なぜかは分からない。
「ねぇ、この子だぁれ?」
彼の後ろから、リスのように顔を覗かせる人がいた。ひょこっと出てきたその小動物は、女性のようだった。様子こそリスにそっくりだったけれども、その眼は狼のようだった。明らかに警戒をしている。
「あぁ、こいつは……」
私はビクッとした。彼が私のことを「こいつ」なんて呼んだことは、今まで1度も無かったからだ。
その暴力的な言葉遣いが、これから起こる不吉な出来事を告げているかのようで、私は怖くなった。今から、彼の口から、どんな言葉が飛び出すのだろうか。
「前言ってた、ストーカー女」
その瞬間、私は倒れそうになるのをぐっと我慢した。目の前が真っ暗になるとは、このことだと思った。突然、頭を何か固いもので殴られたかのような感覚だった。立っていられない。けれども、しっかりと彼のことを見つめる必要があるとも思った。あのリスのような女が、何かをしたのかもしれない。
「あぁ、こいつがねぇ」
リス女は、初対面の私に向かって、「こいつ」なんて言ってくる。それにも少し腹は立ったが、今は状況の理解が追いつかない状態だった。
「悪いけど、帰ってくれないかなぁ」
彼は、今までに見たこと無いような冷たい目で、私を見た。その目に見つめられると、震えが止まらなくなってしまう。肉食獣が、獲物を見る目と似ている。冷たい目だ。高校生までの彼と同一人物とは、到底思えなかった。
「バタン!」
彼はその一言だけを言うと、乱暴にドアを閉めた。まるで、私と彼との間に繋がっていた糸を、切り離すかのようだった。
私は、しばらく扉の前に立ち尽くしていた。涙は出ない。頭もしっかりと働いている。
「帰らなきゃ……」
私はそう呟いて、古い階段を降りた。登った時と同じく、キイキイと不快な金属音が響いている。けれども、それも今では気にならない。
「あれ……?」
階段を降りた先に、ある人形を見つけた。それは、ゼンマイで動くタイプの人形で、もうだいぶ使いこまれているようだった。おそらく、この辺りで遊んでいた子供が、落としたのだろう。
普段は、そんな何の変哲もない人形、見過ごすはずなのに、その日はなぜか、拾ってみる気になった。その人形は、ここに来て何日も経つのだろう。連日降り続いた雨や風によって、ボロボロになっていた。
「あれ……?」
その人形の背中を見た。ゼンマイがある。けれども、それは錆びきっていて、無理やり回すと、ゼンマイが折れてしまいそうだった。
「そっか……」
私は変に納得した。この子も、落し物なんかではなく、「捨てられた」のだろう。ゼンマイが錆びて、動かなくなってしまったから、捨てられてしまったのかもしれない。
私は、手に持っているその人形を、鞄の中にしまった。そして、その人形と一緒に、帰り道を歩いた。雨が、少し降り始めてきたようだった。
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