老人ホーム狂想曲
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:荒野万純(ライティング・ゼミ 平日コース)
昨年の秋、突然、両親に介護が必要になった。
父はベッドから起き上がれない程のうつになり、母は何度目かの骨折をして、同居している妹一人では父と母の面倒を見ることができなくなった。
そこから、実家を売却して両親が老人ホームへ入居するプロジェクトが始まった。
どこから手をつけて良いかもわからず、とりあえずネットで探した老人入居相談室へ飛び込む。小綺麗な応接室に通されると、スーツをきちんと着た30を少し過ぎたぐらいの男性が現れて、名刺を出しながら「岡村です」と名乗った。老人の相談事だから、経験を積んだ老練の人が担当だと良いなと思っていたので、最初の印象は「この人で大丈夫かな」だ。
岡村さんはソフトな受け応えで、次々に資料を出して、施設に問い合わせをしてくれる。全国の老人ホームが載っている資料を見た時にはあまりの件数に、頭がクラクラしたが、ここはと思うところが2か所見つかった。
すぐに見学をしたが、どちらもいまひとつで、振り出しに戻ってしまう。
老人ホーム探しははかどらず、実家の売却の交渉に忙殺されて迎えた年の瀬、どうしたものかと思っていたところに、クリスマスパーティーで久しぶりに知り合いにあった。彼女は、いわゆる霊感が強い人なのだが、両親が老人ホームに入居することを話したら、「方位を見た方が絶対良いわよ」とのこと。
忘れもしない12月30日に彼女を訪ねて方位を見てもらうと、武蔵野方面が良いと言われた。
「武蔵野方面か……」
実を言えば、まだ探してはいなかったけれど、何となく武蔵野方面は両親に合いそうだなと思っていたのだ。
改めて探さなければいけないなと思いつつ帰宅する。
家に帰ると岡村さんから大きめの封筒が届いている。何だろうと開けてみると老人ホームの案内だ。
「……!」
ついさっき、方角が良いと言われた、まさに武蔵野方面の施設の案内が入っていた。
小さな奇跡だ。天から老人ホームが降ってきた。
もう、ここしかない、いや、絶対にここだと確信をした。
資料を見る限り、サービスは素晴らしく、築20年超だが、共用施設も居室も綺麗で申し分がない。60平米の居室ならば予算内だ。
しかし、良かった、と思ったのもつかの間、そこから越えなければいけない関門があった。「古い」「狭い」「くさい」だ。
まずは「古い」
武蔵野の施設の体験入居を終えた後も、母は新築の老人ホームの広告を見つけては「ここはどう?」と言ってくる。どこも建物の完成がずっと先のものばかりだ。武蔵野の施設も居室は全てリフォームされるのだが、築20年が気に入らなくて、地震で倒れるに違いないと言い出す。が、施設の担当者の「東日本大震災の時もほとんど揺れませんでしたよ」の言でまずは一件落着。
次は「狭い」
夫婦二人で60平米は、マンションにしても一般的な広さだ。
ところが、母は「狭い」を連呼し、「どこでも良い」と言っていた父ですら60平米は「いかにも狭いなあ」と言う。
「おとーさま、おかーさま、そりゃ、戸建ての実家に比べたら狭いよ。でもね、普通ですよ。広い部屋に入るお金はないよ……」と私は心の中でつぶやく。
仕方なく、武蔵野の施設の系列で、油壺と茅ヶ崎の施設の見学に
行くことにする。都会より地価が安く、予算内で70平米超の部屋に入居できるからだ。岡村さんにお願いすると、嫌な顔一つせずに車で見学に連れて行ってくれた。
どちらも確かに部屋は広い。油壺は窓から海が見えてリゾート施設のようだ。しかし、都会に慣れた両親はじめ、私も妹もちょっと違うなと思ってしまう。
またしても壁に突き当たる。
どう計算しても広い部屋への入居は難しい。しばらく途方に暮れていると岡村さんから電話が。曰く、「武蔵野の施設に掛け合ったところ、60平米の部屋の料金で70平米の部屋に入居できることになりました」
「え……っ!」驚いて声を失う。
値下げの交渉をお願いしたわけではないのに、茅ヶ崎だ、油壺だと右往左往する私達を見かねて、施設に交渉をしてくれたのだった。
最初の印象とは違って、岡村さんは私たちが壁に突き当たるごとに奇跡をもたらしてくれる大いに頼れる人だった。
広い部屋に入れることになって、やれやれと思っていたところに、今度は「くさい」だ。
母が言う。「広い部屋を見に行った時に部屋がなんとも言えなく、くさかったの。あそこに住むのは無理」
「おかーさま、そんな……。一緒に見に行った時、くさくなかったよ……」とまた心の中でぼやく。
「リフォームが済めば、くさくなくなる筈だから」と母に告げて、施設の担当者に確認すると、既にリフォーム済みだとの事。
ああ、またしてもどうしようだ。
母にリフォーム済みだと告げられないまま日が過ぎていく。
ところが、しばらくして再度広い部屋を見に行った時、部屋に入るなり母が言う。
「あら、ここ、この前よりも綺麗になったわね」
施設の担当者がすかさず「リフォームは済んでますから」と。
「くさくないわよね?」と母に確認すると「大丈夫」と言う。
その実、最初に見学してから何も変わってはいないのだけれど。
古い、狭い、くさいは両親の必死の抵抗だった。それはもちろんわかっている。長く住んだ場所を離れたくないのも。娘の私たちにとっても苦渋の決断だ。
けれど、岡村さんを始め色々な人が助けてくれて、小さな奇跡がいくつか起きたこのプロジェクトが悪い方に向くとは思えない。
施設のスタッフは良い方ばかりで、今まで嫌な思いをしたことがない。
入居して半年、訪ねて行くと、両親はまだまだ文句を言うが、最近はぼそっと「ここは落ち着くわね」とか「部屋から緑が見えて良いね」などと言うようになった。
もう少し時間はかかるかもしれないけれど、父と母にとって幸せな住処になることを願ってやまない。
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