メディアグランプリ

子供のために親ができる、ただひとつのこと


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記事:安堂ひとみ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
10年ほど前のある日。

高校1年生の息子がいなくなった。

拉致されて、連れ回され、監禁されたのだ。

前日の23時ごろだったろうか、そのときから悪い予感はしていた。

「お父さんに相談したいことがあるんだけど」と言って、息子が私の部屋に訪れたのだが、夫はまだ帰宅しておらず、息子はあきらめて引き下がった。

ふだん、そんなことを言ってくることはない息子の様子に胸騒ぎを覚えたものの、締め切り間際の企画書の作成に夢中で、それ以上深くたずねることはしなかった。

挙句に、私は息子が深夜出かけていったことにも、気づかなかったのだ。

しかし、明け方になったころ。

息子の友人から、気になる情報が飛び込んできた。

深夜2時ごろ、私の息子を、近所のコンビニで見かけたというもの。

そこには複数の人数がいたという。

周りにいたのは危険な連中たちで、もしかして連れ去られたのではないか? と、心配しての連絡だった。

慌てて息子の部屋にいくと、たしかにもぬけの殻。

携帯電話は持たせていたが、当然、連絡はつかない。

呼び出し音が無情に鳴り響くだけだった。

『もしかしたら、こんなご時世だし、もう殺されているかもしれない』

縁起でもないが、そう思ったのは事実だ。

私は、いくつもの修羅場をくぐり抜けていたせいか、こんなときでも冷静だった。

運良く息子が生きているとしたら、呼び出し音を鳴らし続けることで、息子の電話が電池切れになることは避けたい。

むこうから連絡してくるための手段は残しておかなければならないだろう。

私は電話することをあきらめ、「心配している、連絡しなさい」と手短にメールしたあと、警察に電話をした。

親としては、心配で仕方がないし、生きた心地はしないが、もっと大事なやるべきことがある。

それは、犯人逮捕にむけて、動くことだ。

息子の友人たちに電話をかけまくり、聞き出した情報を、時刻とともにノートに書き留めた。

感情は交えず、事実だけを淡々と。

この「時刻」をメモするという行為は、とても重要なもの。

気が動転している状態では、正確なことをなかなか思い出せない。

あとから警察の事情聴取をうけるときにも、時刻があるほうが、時系列で話が進めやすいということもある。

ひととおりの仕事を終えると、お昼をまわったころだった。

時計を見上げたのと同時に、私の携帯電話がけたたましく鳴り響く。

「おかあさん、むかえにきて。○○にいる」

力ない声を振り絞って、息子が電話をしてきた。

生きていた。

息子は、生きていたのだ。

私はすぐさま指定の場所まで迎えにいき、息子を家に連れ帰る。

あれこれ聞きたいのはやまやまだし、生きていた安堵にむせび泣きたいが、そんなのはあとだ。

ここで、まずやらなければならないことは、撮影。

息子は、傷だらけのうえ、泥にまみれた状態だった。

こんな姿で見つかったのだから、証拠に残すための写真が必要になる。

ふつうなら、お風呂にいれて、寝かしつけるところだろうが、目の前に犯罪被害者がいる以上、裁判で相手を有罪にするために動くのが第一である。

念のため、警察にも電話をいれた。

警察で写真を撮るから、そのまま連れてくるようには言われたが、病院にも連れていきたかったので、警察の了承のうえ、私が撮影をした。

撮影後、病院で診断書をもらってから、息子から聞いた一連の話をノートにまとめて、長い1日が終わった。

被害者は、自衛本能によって、恐怖を忘れようとするため、事件直後には記憶が曖昧になりがちだ。

それでも、根気よく、何が起きたのかを聞き出し、記録する。

後日、気持ちが落ち着いてくると、証言が変わることもあるが、それも責めずに、受け止める。

何が正しくて、何が間違っているかは考えず、淡々と事実を記録していくことが、のちのち息子のためになるはずだから。

翌日、夫が息子を連れて、警察に被害届を提出しにいき、事情聴取を終えると、しばらくの間、身辺はざわついたが、2ヶ月ほどで逮捕された犯人の判決がくだり、事件は解決した。

幸い、息子にはトラウマが残ることもなく、元気に学校にも行きだしたし、事件から10年が過ぎたいまも明るく過ごしている。

たまに、ニュースなどで、お子さんが行方不明になり、悲しくも殺されていた事件を目にすると、私は自分の身に起きたことを思い出す。

私は本当に幸運だっただけで、もしかしたら、自分もニュースの当事者になっていたかもしれないと。

そういう意味では、生きて私のもとへ戻してくれた犯人には、感謝しかない。

こんな事件に巻き込まれることは、そうそうないと思うが、もし、お子さんがなんらかの事件にあったときに、思い出してほしいことがある。

心の傷の回復は、被害者本人のチカラで行うものだということを。

そのチカラがあることを、親は信じて見守るのみ。

泣きたければ目一杯泣かせ、恐怖心をおさえようとせず、溢れ出る感情を味わいつくさせる。

我慢をさせたり、ムリに癒そうとしたりしなくていい。

子供が、長い人生を自分の力で歩み続けるためには、必要以上に手を貸しすぎないことも大切である。

どうせ親は、先に死ぬ。

いつまでも、子供の盾となって守り続けることは、決してできない。

親ができるのは、守ることではなく、信じること。それしかない。

どんなに苦しくても、どんなに悲しくても、その経験は必ず「ギフト」となって、カタチを変えて現れるから。

あの事件のおかげで、私も息子も「強さ」というギフトを受け取ったに違いない。

その証拠に、私たちは今日も大きな声で、笑っている。

 
 
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2018-01-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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