婚活に失敗した私の幸運について
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記事:笠本光恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
「そのサルサパーティにいい人いてないん?」
ピアノの先生に聞かれた。そのテの話そのものがご無沙汰で、一瞬言葉に詰まった。
私は40代の独身OLである。結婚の経験は一度もない。20代の頃は、いつかは結婚するのだろうと思っていた。義務教育のように、それなりの年齢になれば大多数の人が一度は通る道なのだと思っていた。結婚を約束した彼氏だっていた。しかし、「僕たちは一緒にいても幸せになれないと思う」という、よくわからない理由で振られた。まあまあの修羅場だった。
30代前半は、焦りに焦っていた。結婚そのものに対する焦りではないけれども、でも子供を産むのであればそろそろ結婚しなければ。婚活パーティーにも行ったしコンパにも行ったけど、全くうまくいかなかった。友達の紹介であっさりできたかに思えた彼氏もすぐにいなくなった。周りはどんどん結婚していく。世の中の男女はどうやって出会い、どうやって信頼関係を構築するのか、さっぱりわからなかった。私に魅力がないからだとか、問題があるからだとか言われることも多々あった。そのたびに反論して毒づいた。そもそも結婚なんて、人間が社会生活を送るのに便利なように作った制度に過ぎないじゃないか。そんなものに恋だの愛だのといった感情を絡めたり、自分は人間として女として価値が無いんじゃないかという、持つ必要のない劣等感を持たされたり、何故こんなに感情を揺さぶられなければならないのか。悶々とする日々だった。
36歳の誕生日、朝日を浴びて思った。「子供を産むなら早くしなきゃと思っていた。でも子供を産まないなら? 何も焦る必要は無い! なんなら結婚などしなくてもいいのだ!」開き直った。結婚する努力を止めることを自分に許した。楽になったし、もはや周りの人々も何も言わなくなった。
30代後半、結婚に悩むどころではなくなった。親の介護が始まったからだ。とても素晴らしい人を紹介してくれた人もいたが、丁重にお断りするしかなかった。フルタイムの仕事と介護が私の生活の全てになった。ダイエットもしていないのに4カ月で7キロ痩せるような生活だった。たまにメールをする男性はいた。メールにハートの絵文字を打ちながら、まさかこちらではヒトの排泄物を片付けている最中だとは思うまい、と若干ニヤニヤしながらかわいい(と思われる)文章を打ったりした。全力で介護をやり切って母を見送った。そして私は40歳になった。
そういうわけで、私は少しずつ自分の時間を取り戻していった。本当はやりたかったけどできなかったことを全てやろうと思ったのだ。趣味を広げて友達がたくさんできた。読書会に参加するようになったし、ライティングゼミにも申し込んだ。昔習っていたピアノの先生にまたレッスンをお願いし、加えてバイオリンも始めた。下手くそながらセッションライブにも参加できるようになった。友達が踊るというサルサを見に行き、自分もまんまとはまった。やりたいことを全てするのは大変に忙しいものだ。
そう、私は焦っている。自分の意志で元気に動けるうちにやりたいことを全てやらなければ。更年期だってくるかもしれない。女の人生は一秒たりとも無駄にできないのだ。
そのピアノの先生にサルサの話をしたところ、質問されたのである。そこに「いい人」はいないのかと。はたと気づいた。自分にとって本当にやりたかったことは読書であり音楽でありダンスであって、どうにかこうにか結婚することでは全くなかったのだ。
思い返せば私は結婚したかったのではなく、多数派に属したかったのだ。もっと言えば、多数派に属するように少なくとも努力していますよ、と周囲にアピールしていたのだ。本当にやりたいことは他にあるけれども我慢して努力している真面目ないい子です、と言いたかったのだ。何故なのか、誰に対してなのかはわからないが、そうして認めてもらいたかったのだろう。そういう考えで婚活していた私が結婚できなかったのは、当然というか自然なことだったのだろう。
婚活に失敗した私は幸運である。なぜならば、本当の自分を取り戻すことに成功したからだ。
今の私ならば、婚活に成功するのではないだろうか?
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