メディアグランプリ

「不正解」を連発するクイズ王になりたい


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記事:でこりよ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ニューヨークへ行きたいか!!」
秋になるとテレビから流れてくるこのフレーズ。当時小学校低学年だった私は、全国から集まった挑戦者がクイズに答えながらアメリカを横断するあのクイズ番組が大好きだった。「こんなに無計画に仕事を休んで大丈夫なのかな」と、子供ながら不思議に思うこともあったが、東京での予選を勝ち抜き、己の知識と運で勝ち進んでいく大人たちは私のヒーローだった。
 
テレビがクイズ番組で溢れていた1980年後半から1990年前半。クイズに魅せられた私は、ゴールデンタイムに放送されるものから、深夜でしか見ることの出来ないディープな内容のものまで、それらをほぼ欠かさず見るようになった。小学校高学年になると、クラスのレクレーションでクイズ大会を企画し、問題作成、司会を務めたこともあった。大人になるとクイズでニューヨークへ行くチャンスが途絶えたこともあり、何かの大会に参加する、ということは叶わなかったが、それでも出演者になったつもりで、テレビの前に座り、出される問題に対して真剣に答えた。「正解」は自信となり、「不正解」は屈辱だった。
 
次第にこの感覚は、私の中で増幅していった。私の答えは「正解」なのか「不正解」なのか? 判断は、社会は、あの人は、人生は? 何に対しても「正解」を求めるようになっていた。そして、答えがわからないものに関しては不安でいっぱいで、常に「不正解」に怯えるようになっていった。
 
そんなある日、普段通りテレビを見ながら夕飯を食べていた時だったと思う。番組名は忘れてしまったが、コギャル、つまりイマドキの女子高生の生態を伝える内容の情報番組が流れていた。女の私でさえ目のやり場に困る膝上20センチのスカート、見る者のやる気を削ぐだるい歩き方、「超」を連発する言葉遣いと独特なイントネーションが耳につく話し方、などなど。当時25歳だった私は、口をへの字に曲げ、嫌悪感丸出しの目つきで画面を見ていた。番組は彼女たちの教養の低さ、学力の低下を危惧する内容を伝えたかったのだろう。番組リポーターは彼女たちにあるクイズを出題した。
 
「では、問題です。この絵のタイトルはなんでしょう?」
画面に映し出された問題は有名な絵画だった。
 
「ヴィーナスの誕生」
こんなの常識でしょ、と言わんばかりに私はテレビに向かって吐き捨てた。
「ボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』だよ。でも、まぁ知らないだろうね。この子たちは」と、私は心の中でブツブツ唱えながら、口をモグモグさせていた。
 
「えー、超むずかしぃ〜」
案の定、こちらの期待を裏切らない。あーよかった、こんな非常識な人間じゃなくて、と胸を撫で下ろした。しかし、次の瞬間コギャルの一人がパンと手を叩いた。
 
「あ! わかった!!」
私は一瞬、ああ、こういう子たちでも知ってるのか、と自分の期待が裏切られる不安を感じた。しかし、私の想像をはるかに超える展開が待っていた。彼女は満面の笑みでこう答えたのである。
 
「お母さん、バスタオル取って!」
 
私は思わず口に入っていたものを、勢いよく飛ばしそうになった。必死でこらえ、飲み込んだ瞬間、自然と声を出して笑ってしまった。しかし、同時に猛烈な敗北感に襲われた。「負けた」と思ったのだ。
 
絵画の中央には、生まれたばかりのヴィーナスが恥じらいを感じさせるポーズで貝殻の上に立っている。そして右側には、その美しく眩しい姿を隠そうと、季節の女神がヴェールを優しくかけようとしている。ギリシャ神話で描かれたヴィーナス誕生の艶めかしい瞬間が切り取られたかのような絵画だ。私は知識としてこの絵が「ヴィーナスの誕生」である、ということは知っている。知っているからこそ、こんな発想は出来ない。そもそもこの絵画をこんな風に見たことがない。ヴィーナスの心の声を代弁するかのようなユニークな答え、絶対に導き出せない、と愕然とした。その後の番組の進行は覚えていない。とにかく、コギャルが無邪気に答えた「不正解」は、私の後頭部をガツンと叩き、視野を広げてくれるのに十分だった。
 
クイズには当然「正解」と「不正解」がある。多くの「正解」を導き出した者が勝者となる。しかし、現実はどうだろうか? 学校の成績が良かったら、良い大学に入ったら、大企業に就職したら、金持ちになったら、結婚したら……「正解」なのだろうか? もちろん人生を生き抜くために知識は必要だ。しかし、知識は時に、想像と創造、そして未知の世界へ飛び込む勇気の足を引っ張ることがある。「正解」にこだわりすぎて、無意識に視野が狭まり、偏った見方をしているかもしれない。自身が持っている力をかき集めて導き出したコギャルの答えは「不正解」だったが、出演者全員と視聴者を笑顔にした。彼女の自由で逞しい発想力が羨ましく思った。私はすぐさま彼女たちを見下すような態度をとってしまった己の浅はかさと、針の穴のような視野を猛省した。そして、「正解」にこだわりすぎる生き方は金輪際辞めようと、決心した。
 
今でも「さて、問題です!」と言われるとワクワクする。しかし、以前と違って答えがわからない問題の方がワクワクするようになった。なぜなら、それは周りの人を、そして自分自身を笑顔にする絶好のチャンスだからだ。「不正解」を連発するクイズ王でいいじゃないか。いや、むしろそうなりたいと願うのであった。
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2018-07-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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