限界突破はお尻から
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記事:行德伸介(ライティング・ゼミ平日コース)
「やばい、もう無理だ……」
70キロを過ぎた辺りから、無意識の心の声が聞こえてくる。
果たしてこれは、自分自身の心の声なのか、それとも天の声なのか……
一方でこんな言葉も時折聞こえてくる。
「いや、何とかなる。ほら、お尻があるじゃないか!?」
「もっと、お尻を見ろ!! そして追いかけろ!!」
無理だ……
お尻だ!!
無理だ……
お尻だ!!
こんなやり取りが始まってどれ位の時が過ぎただろうか。
でも、私の足は力強く大地を踏みしめて、一歩一歩前進している。
先ほどから連呼しているお尻というのは、当然私のお尻のことではない。
私を次々と追い越していくお尻のことだ。
そして、私はこの日であった幾つかの「理想のお尻」のおかげで100キロを走りぬくことが出来た。
簡単に言うとお尻フェチというやつだ。
私の闘争心を駆り立てるお尻には、幾つかの条件がある。
これらの厳しい審査基準を通過したお尻だけが私の闘争心を駆り立てる。
お尻の審査基準については割愛するが、対象は若い女性のお尻だ。
話を元に戻すと、私は「理想のお尻」があったからこそ、100キロマラソンを初めて完走することが出来た。
6月初旬の暑さ、河川敷の足場の悪さ、何よりも無謀と思えるような距離。
今思い返しても、よく走ったなぁと感心するばかり。
この勝利にはお尻が大きく関連しているのだが、その要因は何だったのか。
人間の感情と紐づけて考えてみたい。
世界一のコーチと称されるアンソニー・ロビンズによると人間の感情は大きく6つに分類される。
安定感(安全)、不安定感(自由)、重要感(正義)、愛・繋がり、そして成長、貢献の6つだ。
100キロを完走するのに要した時間は約13時間。
その間の心境の変化について振り返ると、この6つ感情のうちの3つが強く満たされていることに気づいた。
序盤の40キロ地点までは、重要感(正義)だ。
自分よりもペースが遅い人をごぼう抜きしている時の快感。
口に出しては言わないものの、俺のペースに着いて来られるか?
俺こそが世界の中心だ!!
という、かなり調子に乗り気味の感情。
私の場合、ごぼう抜きしていると、このお調子者の感情がついつい前面に出てきてしまう。
沿道の若い女性からの声援があるとなおさらだ。
序盤のオーバーペースが祟って、徐々にスピードが落ちてくる。
今度は追う方から、追われる方になる番だ。
ようやくフルマラソンを走り終えた頃に考えてしまう現実。
「あとこれをもう一回と半分で100キロ?」
40キロを過ぎた頃から、今度は別の感情が湧きはじめる。
安定感(安全)だ。
実はその前年に出た大会では55キロ地点でリタイアしていた。
今年は何があっても絶対に完走すると心に決めて挑戦したのだ。
同じ轍を踏むわけにはいかない。
残りまだ50キロ以上。
「どれくらいのペースで走れば完走できそうか?」
「次の10キロを何分で走ろうか?」
天候、今走ってきた折返しの道の状況、給水・給食はどうしよう……
前半は全く考えなかったようなことを急に考え出す。
焦る必要はない。
冷静に考えるとまた安心して自分のペースで走れるようになる。
もはや前半のごぼう抜きなんか関係ない。
そして、また次の転機がおとずれる。
70キロ通過地点からの残り30キロだ。
冒頭に記したとおり、この30キロを走らせたのはお尻だ。
「若い」と思われる女性のお尻、それを見た瞬間に感じたのが愛・繋がりだ。
普段から女性のお尻を観察するのは得意な方だが、ここでもそうなのか。
ある程度の長距離を走り込んでいる女性のお尻は、無駄がなく、程よく、綺麗な桃のような形をしている。
格好つけるわけではないが、あれは一種のアートだ。
理想のお尻を見ただけで、愛・繋がりの感情をえぐるのだ。
愛・繋がりの感情が芽生えると、その後どうなるのかは簡単だ。
関係が途切れないように、良い関係を築こうと努力するのだ。
理想のお尻に惹き付けられた私は残りの30キロを走り抜けた。
このお尻との関係を保ちたい一心で。
先ほど挙げた6つの感情のうち、3つ以上満たすものは中毒性が高いと言われている。
一度ハマるとなかなか止めるのが難しいのだ。
来年の大会はどうしよう。
両親や家族にも呆れられたし、次は何と言われるか。
でも、たくさんの「理想のお尻」出会えるのなら、出るしかないな。
これが私の決意だ。
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