通勤電車のフェラガモの君
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:まりあ(ライティング・ゼミ 日曜コース)
毎日、同じ時間に電車に乗る。
私は40歳会社員女性。通勤時間は電車だけで40分はある。
郊外に住んでいる私は、緑が多いところから、都会へと移動するその時間は「これから仕事に行く」という確認の時間でしかなかった。
ある日のこと、ほっそりとした体の女性が電車にのって来た。だいたい20歳後半~30代ぐらいかな。足元だけを眺めていて私は靴がフェラガモであることに気づく。
「いい靴履いてるなぁ」
ジロジロ見ることがはばかられて、遠慮がちにチラチラ見だしたら止まらない。
まるで悪いことをしているかのように、こっそりみてしまう。
なぜ人を素敵だなぁと思って見ているだけなのにこんなに罪悪感なんだろう!?
そんな気持ちを持ちながらも、その女性の着ている服が気になって仕方ない。フェラガモの靴の上品さと、少し気崩した感じで、キメまくっていない、さりげないおしゃれ。変態ばりな目線を向けないようにしないと。堂々と見ることが出来ないのが本当につらい。
さんざんチラ見した挙句に最終段階でメイクを見たい衝動にかられる。
が、つり革につかまっているその女性が振り向くことはなかった。願望は叶えられないまま、降りる駅まで来てしまった。
そのフェラガモのステキな靴とお洋服の着こなしがどうしても忘れられない。
最近洋服買ってなかったな……。
会社では制服にきがえるため、お出かけする日でなければそれほど大したファッションで通勤することもない。お出かけするといっても友人と食事に行くぐらいなもので、いつもは履かないパンプスに履き替えるぐらいの感じになっていた。
私の女子な部分が刺激されたのか、会社に行くまでの間に通るクリーニング屋さんのお店のドアに、自分の姿を映してさりげなく見てみたりした。まあ、そんなにスタイルも悪いわけではないが、自分のファッションに見飽きている感はある。
その日の帰りに、珍しく雑誌を買った。
金髪の脚の長い美しい女性が、下着をつけてるのかつけてないのかもわからないフシダラな感じで大股を広げている。おかしな内股の姿で、目の下は真っ黒。いわゆるモードな感じで、こちらを見ている。
違うページには、これまた美しい女性がダンディーな男性と休日を楽しむファッションスナップ。風景は外国っぽい。そしておしゃれなスポットが満載だった。
素敵だ! 素敵なんだが!
こんなに足長くないし、こんなカッコいい旦那さんもいないし。その写真に違和感しかわかなかった。私の生活には似ても似つかない。こんな服着て歩いていたら警察に捕まるんじゃないか? 偏屈な考え方しかできなくなった私の心は、脱ファッション誌を求めているようだ。
フェラガモの靴を履いた彼女の姿が浮かんでくる。
また会えないかなぁ。
数日経ったある日、いつもの電車に乗った私は、また彼女に出会った。
そう! あのフェラガモの彼女だ。
「またステキな靴。今日はワンピース姿も華やかで綺麗」
サラリとしたオシャレをするその彼女の服装がとにかく気になるのだ。
まだ見ぬ彼女の顔にどんなメイクが施されているのか、想像はふくらむ。
アイシャドーはお洋服に合わせて、グリーン系だろうか?
リップはやはりベージュで上品な感じかな?
濃すぎず、ナチュラルメイクをしているイメージだけが頭に沸いていた。
後ろ姿だけで私の中の“フェラガモの君”が完成してしまった。
しばらくしてとうとうその時が来た! 彼女の顔を見ることが出来たのだ!
間違っていた。私の見積もりは間違っていた。
20歳後半~30代の女性という想像をしていたが。
私よりもおそらく一回りは上だろう。がっかりしたのではない、その反対である。
その年齢だから出すことのできる雰囲気を、正面から見ることでさらに感じることが出来たのだ。
皺や、肌つやなども年相応で、上品なメイクと、ショートに近いボブは、おばさんぽく無くて、少しルーズにアレンジされていてかわいらしい。
正面から見たおかげで、完成したもののさらに上をいく“フェラガモの君”となった。
その日から私の通勤時間は変わった。
通勤電車ではいつも音楽を聴いて、ぼーっとするか、仕事の段取りを頭の中で考えるしかなかった。もちろん楽しさなかった。
今はフェラガモの君のお陰でだいぶ楽しみが増えてきた。
季節や、お天気によって移り変わる女性の着こなしを通勤電車の中で眺めるのが楽しみになってきたのだった。
雨の日は新作のレインブーツを履いている人、寒すぎる冷房対策に羽織るかわいいカーディガン、ステキな角度で被るベレー帽。お弁当を入れているらしきかわいい2つ目の小さなバッグなど。様々なアイテムを様々な人が身につけている。
近年は、インスタやブロガーのファッションスナップを見ている人が多いという。雑誌が売れない時代と出版社の方もおっしゃっていた。
自分自身の生活スタイルに限りなく近い人間が、手軽に実践出来そうな服をきて、画像で紹介し販売サイトまですぐにたどりつけるため、購入しやすさもあってファッション誌離れが進んでいるそうだ。
一般にでも取り入れやすいファッションを紹介する人が増えれば増えるほど、身の回りにもおしゃれな人がどんどん増えていくだろう。ファッション誌が発信するプロのコーディネーターのセンスもいいが、私は身近なところから情報を取り入れたい。
どんどんかわいいアイテムをたくさんの人に楽しんでほしい。私はそれを見て、自分の欲しいモノや、好きだと感じるものを見極めていくのがとても楽しいのだ。
私は今日も、ファッション誌以上に面白い通勤電車にゆられている。
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