隠すことから解放された日
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:西峯 美咲(ライティング・ゼミ日曜コース)
「あんたの爪は、ホンマに小さいなあ!」
母親の、容赦もなければ悪気もない、何気ない一言。
その度に私は爪が見えないようにぐっと手を握る。親指は握りこぶしの中。
いつもはああ言えばこう言う、負けん気の強い私が、閉口してしまう瞬間だった。
私は、自分の爪の形が大嫌いだった。
特に親指の爪は、小さい割に横広で、とっても歪な形をしていた。
今でこそ治ったが、幼い頃の私は爪を噛む癖があり、考えごとをしていると、気が付いたら爪を噛んでいた。
私は歪で小さな自分の爪を、誰にも見られたくなくて、握りこぶしの中にいつも親指を隠していた。
自分のコンプレックスや弱い部分は見せたくないし、見られたくない。
社会人になっても、私の親指は大体握りこぶしの中にあった。
名刺を渡す時は、親指を見られているんじゃないかと思い込んで、相手の顔がきちんと見られないほどだった。
こんな爪を見られたら恥ずかしいし、相手にも不快な思いをさせてしまうかもしれない。
どうか見つかりませんように……。見つかっても、見て見ぬふりをしてくれますように……。
そんな雑念ばかり思い浮かぶほどに、私は自分の親指、自分のコンプレックスに囚われていた。
当時、新入社員だった私はクライアントの仕事場へ訪問する日々を送っていた。
仕事相手は、自分の母親よりも年上の女性ということもあり、私は無意識に母親からの「何気ない一言攻撃」を思い出し、自分の親指に気付かれないように隠し続けていた。
この日も、ある仕事場で打ち合わせをしていた。今日のクライアントは、クライアントの中でも、大らかでなんでも言ってくれるあっけらかとした人だ。
打合せも中盤、その時だった。
その人が驚いたように、目を大きく開いて、突然に私の手を取った。
しまった! 油断した! ああ……。これは絶対に親指のことを言われる……
私は即座に「傷心モード」に突入した。
「あんた! この爪、どうしたん!?」その人は言った。
やっぱりきた……!
「いや、あの、小さい頃からこんな形でして……、変ですよねぇ、あはは……」私は精一杯明るく努めた。
すると、クライアントはこう続けた。
「なにも変なことないよ! この指は、「まむし指」って言うの! この指を持ってる人は、器用で働き者で何でもできる人なんやで。まむし指の人をお嫁さんにしたら幸せになるって昔から言われてるねん! あんた、ええ指持ってるなぁ。その指、財産にしなはれ!」
私はビックリし過ぎて、二の句が継げなかった。
私が長年隠し続けてきた、この親指が財産……?
嬉しいんだか、恥ずかしいんだか、なんだかよく分からない不思議な気持ちだった。
自分が今まで隠し続けてきたコンプレックスを、「財産」と言い、目を丸くして喜んでくれた人がいた。
訪問先からの帰り道、私は自分の親指を眺めながら、少しだけ泣いた。
あれから10年が経った。
10年後の私は、もう自分の親指を握りこぶしの中に入れることはない。
不思議そうに私の親指を見つめる人には、私が「まむし指」ということばに出会った時の話も併せて出来るようになった。ネイルサロンに行くことだってある。
誰かに自分のコンプレックスを認められること、誉めてもらえることが、こんなにも自分の価値観を変えてくれるなんて、思いもよらなかった。
コンプレックスは誰にとっても、隠したくなるものだと思う。それは自然なことかもしれない。
一方で、見られたくないものを「隠す」という行為によって、自分の一部をごまかしているという気持ちが湧いてきて、ますます自信を失わせていく、なんてことはないだろうか。
私は、自信がないから自分の親指を隠していたはずなのに、実は逆だったのかもしれない。隠すから、どんどん自信がなくなっていく。そんな悪循環が起きていたのではないだろうか。
自分が今まで隠し続けてきたものは、親指だけではなかったのかもしれない。
隠すことから解放されること。
そのキッカケを作れる人でありたいと思う。
誰もがそっと隠しているコンプレックスを、目を丸くして大喜びで「財産だね」と言える人でありたい。
歪でぶさいくな、自分の親指を眺めながら、そう思っている。
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