過ぎ去った青春を味わいたければ、同人誌を作るといい
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:いづやん(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ねえ、同人誌を作りたいんだけど、何から始めればいいの?」
「まずイベントに申し込みます。すると、本が出来上がります」
友人はわりと真顔でそう言った。
2年ほど前だろうか、僕がその道に詳しい友人になんとなく聞いてみた結果がこうだった。禅問答みたいだ。
「作ろう作ろうと思ってても目標がないと人は動かないから、強制的に締切を作ってしまえば、作らざるを得ないでしょ。だからまずは参加するイベント(同人誌即売会)に申し込めば、結果として出来上がる、というわけ」
「確かに……」
同人誌即売会に初参加で「いきなり原稿落としました!」では、笑いのネタにもならない。参加申し込みをする、というのは最強の一手のように思えた。
僕も同人誌即売会には一般参加者、つまり買う側として参加したことはあった。
同人誌、というとまずイメージする漫画やイラストの本以外にも、飲食店のレビュー本や写真集、紀行本、ニッチな、本当に誰が買うのかもわからないような評論本など、普通の書店には並ばないであろう面白い本がたくさん売られていた。
そんな、作った人の興味関心趣味嗜好がそのまま形になったような同人誌を、いつか僕も作りたいと思うようになっていた。あの机の向こう側に立ちたい、と。
しかし、悩みに悩んだ。本当に自分に本を作ることができるのか。
「まずはイベントに申し込みます。すると、本が出来上がります」
この言葉が頭をぐるぐるしていた。目の前には申し込みをするサイトの入力画面で止まったままのカーソル。
「なるようになるだろ!」申込完了画面が表示されたのは日付が変わる頃、申込締切まで1日前のことだった。冷房の効いた部屋にもかかわらず変な汗をかいていたのを覚えている。
「やっちまった! ここから頑張らないと!」
何についての本を作るのか、紙は? 版型は? ページ数は? 部数は? 決めることが多すぎて、早速パンクしそうになったが、ここでも友人のアドバイスが役に立った。
「完成から逆算してスケジュールを立てる。あとは淡々とこなすだけだよ。モチベーションに頼らず、やることをやれば、出来上がるようにね」まさに金言だった。
紆余曲折、睡眠と週末の時間を費やしてできたデータを入稿できたのは、参加するイベントの二週間前だった。入稿が完了すると安心して寝込みそうだった。
果たして8日後、刷り上がった本が手元に届けられた。
「おお……自分の本が出来てる……」
ダンボールを開けて、生まれて初めての自分の同人誌を手に取ると、勝手に口から言葉が出た。心配していた色も試行錯誤した結果、思ったとおりに出ていて安心した。
A5版で横長の少し小さめの本は、僕がこの10年、日本の北から南の離島を旅して撮ってきたもの。ページを広げた時にお互いが引き立て合うように並びも考えた、40ページほどの写真集だ。
北海道の利尻島のような有名な島もあれば、県内の人でも知らない広島県の岩子島のような小さな島も含めた総数27島の、どこかで見たことあるもの、絶景ともいえるもの、様々な離島の光景が楽しめる本に仕上がったと思った。
「何冊売れるだろうか……まったく売れなかったりして……」
生まれて初めての同人誌が届いた5日後、これまた生まれて初めて出展者側に回った同人誌即売会「コミティア」の会場に僕はいた。
自分のスペースをなんとか体裁を整えて、午前11時に開場のアナウンスが流れ、拍手とともに僕の初めての同人誌即売会イベントが始まった。
僕の左右は、常連のサークルのようだった。開場後すぐに両隣とも売れていく。一方の僕は売れない。立ち止まってすらもらえない。最初は笑顔だった顔も徐々に引きつっていった。
スペースのディスプレイが貧弱だっただろうか。ポップをもっと大きくしたほうがよかっただろうか。それとも、そもそも風景写真なんて同人誌イベントではお呼びじゃなかっただろうか。
顔がうつむき声が出なくなった頃、すっとスペースに立ち止まった人がいた。
「いいですか?」と声がかかり、「どうぞ!」とやや上ずった声で本を勧める。ためつすがめつして眺めた末に、とうとう一冊買ってくれた。
「ありがとうございました!」とお礼を言うと同時に、少し泣きそうになった。
まるで、自分という存在が初めて認められたかのような、そんな安堵感さえあった。大袈裟だが、本当だ。
その後、ちょくちょく売れるようになり、最終的には23冊ほど売れた。初参加としては上出来だと言えるだろう。
いや、売れた数は問題じゃなかった。
見ず知らずの人が、たまたま手にとって「いい」と思った上でお金を払って買ってくれたことが、何よりうれしかった。
初めてのアルバイトで、褒められた時。社会に出たてのぺーぺー時代に自分の意見が認められた瞬間。そんな遠く過ぎ去った青春が急にフラッシュバックしたような感覚すらあった。
その後も、この本を作ったことで様々な縁が生まれた。
置いてもらったお店で本を見たトルコ人の方から連絡をいただき、主催のピアノライブで会うことになった。
友人の繋がりで八丈島の宿の方に買ってもらい、先日その宿に泊まりに行くことができた。
何より、「この写真集を見て島に行きたくなったので、先日行ってきました!」という連絡をくれることがちらほら出てきた。
その繋がりは、本にお金を払ってくれる以上のことを、僕にもたらしてくれた。
40過ぎたおっさんがデビューした同人は、何が起こるか分からない青春の楽しさとよく似ていると言ったら言いすぎだろうか。年甲斐もないと言われるだろうか。そんなことは言わせておけばいい。
調子に乗った僕は最近、同人誌即売会のラスボス「コミックマーケット」に申し込んで、うっかり当選してしまった。今から年末までに急いで本を作らなければいけなくなってしまったのだ。
また、最初の一冊が売れる瞬間を味わいたくて、七転八倒する日々が始まる。
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