人生が変わる前兆それは、どん底でスッと吹っ切れた瞬間
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:佐々木さおり(ライティング・ゼミ平日コース)
「あぁこの会社? なかなか採用を出さない会社だけど大丈夫?」
ハローワークの担当者がそういった。
「それは、受けても受からないってことですか?」
その言葉が口をつきそうになったが、こらえ
「そうなのですか。まぁ、ダメもとで受けてみます。お願いします」
そう答えた。
彼は親切心で言っているのかもしれないが、不採用続きで少々気が滅入っている私には、彼の放つ「受からないかも」というニュアンスの言葉は正直キツかった。
10年ほど前の話だ。
ちょうどリーマンショックで世の中が不景気真っ只中。私も仕事がなかなか決まらない状態だった。
当時は20代半ば。社会人として少しは経験を積んだ年齢。でも、現実はそんなに甘くなかった。
「あなたが前職で失敗した経験を教えてください」
「あなたの長所と短所を教えてください」
面接をシュミレーションして、回答案を考える。
失敗した経験なんて山ほどある。ちいさな失敗は数えきれない。上司に怒鳴られるほどの大きな失敗も。
物覚えが悪く田舎育ちで、動きが遅く空気が読めない私は、よく上司からターゲットにされていた。
「おい、邪魔だよ、どけ」
「なんでお前はわからないんだ? 他の奴らならすぐできたぞ?」
「だから田舎者は困るよ」
今ならパワハラで訴えられるような言葉を、私はよく浴びせられていた。
それでも、なんとかこの上司から認められたいという想いで働いた。
いや、認められたいというより、できるようになって見返したい、という気持ちだった。
しかし、ある時会社に行くことをためらうようになった。
ベッドから起き上がる気力がなくなった。
「今日、熱があるので休ませてください」
何度か、熱などないけれど、行きたくなくて仮病で休んだ。
「明日がこなければいいのに」
電話をし終えて、携帯を握り締めながら、ベッドの中でいつも思っていた。
学生から社会人になる。
それだけで、すごくできる人間になった気がしたが、現実には全くの逆の世界が広がっていた。
仕事ができないことイコール社会に必要とされていないことのように感じる日々。学生の頃の友人が集まる飲み会で、楽しそうに職場のことを話す人たちに相槌を打ちながら「なんで私だけ」という思いばかりが込み上げてくる。
社会に出るのって、こんなにもツラいことばかりなのだろうか。そう思っていた。
「私、来月で退職したいです」
もう、明日がこなければいいと思う日々なら、いっそ無くなってしまえばいい。自分のことも、周りのことも、これ以上嫌いになりたくない。ある日ふと目覚めた瞬間に思った。
そこからは早かった。
その日のうちに大嫌いな上司を捕まえて「退職」の二文字を切り出した。いつも私のことを罵っていた上司は一言「退職願だしてね」とだけ言った。引き止めの言葉も、ねぎらいの言葉もなかった。それでいい、それが彼からの答えだ。
その日の帰り道、ひとりいつものコンビニでお弁当を買い、暗い夜道を歩きながら私は泣いた。
いつから泣いていなかったのだろう。
自尊心を打ち砕かれ、社会から必要とされていないと思っていた日々。いつからか、感情に蓋をしていた自分に気がついた。声を出して泣いたのは、子供の時以来だった。
退職が決まると上司の罵りも減り、残りの1ヶ月は今までが嘘のように心が軽かった。次の仕事が決まっていないことなんて、正直どうでもよかった。今までの日々から解放されること、それだけで十分だった。そして、退職日にもこの上司からのねぎらいの言葉はなかった。後ろ髪を引かれることなく退職できたことに感謝さえ覚えた。
「さぁ、次はどんな仕事をしようかな」
未経験歓迎と書かれた求人票には片っ端から応募した。でも、不景気、買い手市場の状態では、本当に未経験で社会経験の少ない私にあえて採用を出す企業はそうそういなかった。
面接までこぎつけた企業から「選考結果は書面にてお知らせします」と言われた瞬間「不採用だな」と、わかるほど不採用が続いた。郵便受けに面接企業の分厚い封筒が届くたび、開けるまでもなく履歴書が返送されてきたことがわかる。封筒はそのままシュレッダーにかけた。
せっかくツラかった仕事を辞めても、待っていたのは悲しくなる現実。
自分が社会に対して存在を否定されている、そう思うようになっていた。
そんなある日、私はひとつの求人を見つけた。それが冒頭に書いた「採用を出さない会社」だ。
現在私は、その会社にいる。
面接のときに何を話したかは10年も前のことなので覚えていないが、その時面接をしてくれた人が言ってくれた言葉だけは覚えている。
「私たちの仕事は、社会の人を幸せにする仕事です。私たちの会社は、社員の幸せを一番に考えています。自分が幸せだと感じていない人は、周りも幸せにできません。苦労も経験した人にしかわかりません。あなたも苦労をしてきたからこそ、人の痛みがわかるんです」
面接で泣きそうになった経験は、これが最初で最後。その言葉をかけてくれたのが、今の私の上司だ。
自分の幸せを願ってくれる会社に出会い、社会を幸せにする仕事に出会えた。「明日なんて来なければいい」なんて思うことはなくなった。
そして私は今、上司にかわり「採用をださない会社」の面接官をしている。
経歴を聞き、志望動機を確認し、自分の会社に見合う、仲間になれそうな人選をしている。
採用のポイントは「苦労を経験しているかどうか」
私は今日も、私自身が採用面接で上司に言われたこの言葉を、目の前の、仲間になるかもしれない人に伝える。
「あなたも苦労をしてきたからこそ、人の痛みがわかるんです」と。
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