背中に起こった地殻変動
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:安田毅(ライティング・ゼミ平日コース)
「これはすごいですねえ……」。
整体師さんはため息をついた。
「大げさじゃなくかなりのもんですよ」。
背中がガッチガチになっている。
これは今に始まったことではない。いうなれば世代を超えた伝承とも言える。少なくとも2代には渡っているだろう。父も私も弟も猫背なのだ。昔から背中が硬いと言われ続け、以前ある整体学校のクラスに飛び入り参加したときも、その場にいた全員に失笑されたことがあるくらいである。
猫背にはいろいろ弊害があるが、中でも肩こりが最たるものであろう。それだけではない、おなかを圧迫するので胃にもよくない。今回整体師さんを訪れたのは、お腹が張ってやたらと出るゲップで気持ちが悪くて仕方なかったからである。
整体師さんは一生懸命施術してくれた。
その時は、それで一旦落ち着いたが、おなかの調子はその後も一進一退。背中は相変わらず硬い。なんせ先祖代々の遺産であるから猫背は一朝一夕では治らない。肩甲骨周りは特に固く、手を背中に回して指で押して見るとまるで石のようである。マッサージをやっている近所の友人に5分くらいマッサージをしてもらう機会があったときにも、
「なにこれ? ここに何かいる!」
と肩甲骨の間のあたりをグリグリと押された。
ひー! 響きわたるような痛み。
そんなこんなで、背中の解放のための探求が始まった。
ネットに転がっている、肩甲骨周りがやわらかくなる体操を試してみるとなかなかよい。というより、今まで意識して動かさなさすぎたのが悪かったのだ。整体に行っても「ちょっと今日はいいですね」とか言われるようになってきた。
ある日、妻の知り合いのバレエの先生から提案された。
「セラバンドをつかったエクササイズをやってみません?」
この先生は妻と仲良しでときどき3人でご飯を食べたりすることがあり、彼女も私の背中がただものではないことに気がついていたらしく、そこでこの提案である。
「実は、あなたの背中は私がバレエを教えているおばさんたちの背中と似てまして、おばさんたちにこれからセラバンドを使ったエクササイズを教えようと思っているのでその予行演習をさせてほしいのです」。
セラバンド? それはぴらぴらした薄くて長い幅10センチくらいのゴムの帯なのである。引っ張ると弾力があり、筋肉に軽い負荷をかけていろんな動きをすることでなにやらいいことがあるらしい。
それは渡りに船である。自分なりの体操は続けながら、セラバンドの日を待っていた。
その日がやってきた。
「よろしくおねがいします!」
まずはバンドの一方のはしをにぎって、もう一方をかかとで踏んでこぶしを上に突き上げる。バンドは背中側に回す。こうして背中から肩、腕にかけて軽くテンションをかけながら肘から先を曲げ伸ばしする。
「こうですか?」
「うーん……ちょっとかがんでみて。今度はちょっと後ろにかたむいてみて」。
上半身の角度をいろいろためして先生は様子を見ている。何が違うのは正直よくわからない。
「そう! そうこうこと!」
ん? そういえば背中と腕がするっとつながった感じがある。あとから聞いてみたところによると、腕を上げたとき、肩周りと背中の筋肉がひとかたまりになってカチカチになっていたらしい。そこでいろいろ上半身の角度を変えながら、背中の筋肉と肩周りの筋肉がそれぞれの働きができるようにちょうどいいテンションをかけてくれたのだ。
おお、これはいい!
ということでそこからは応用編。バンドでいろんな部位にテンションを与えながら体を動かしてみる。両手で握って胸の前でバンドを伸ばす。バンドを背中に回して両手で伸ばす。片足のかかとにバンドを引っ掛けて脚全体を縮めるようなテンションをかけながら前に足をゆっくりと出す。
体があたたまってくる。
そうこうしているうちにとんでもないことが起こった。
バンドの中程を両足のかかとで踏み、両端を両手で持ち、腰から背中に回し肩で背負うようにして、ぐーっとひっぱりながら前屈をしたときである。
「うおー! なんじゃこりゃー!!」
背中全体がめりめりと動き、猛烈な勢いでバキバキ割れていき、マグマのような感覚が吹き出した。
今まで固くなって動かなかった筋肉がもぞもぞと動き出したのだ。。
「なんで今までほっといたんやー! 動きたかったんやぞー! うおー!」
筋肉たちがうらみと喜びの入り混じった声で叫んでいた。
私は軽く涙を浮かべてその感覚に浸った。
ゴジラが東京市街で泣き叫びながら背中からビームを出している。そんなイメージが浮かんだ。
「ごめんな、今までほっといて……これからはちゃんと動いてもらうから……」。
私は背中の筋肉にあやまっていた。
その一週間後、また整体師さんに施術してもらいにいった。
「今日は肩周りだいぶやわらかくなってますね」。
セラバンドのことを話したところ、
「あ、うちも使いますよ、セラバンド」。
おお、やはり知ってる人は知っている。
その後はすきま時間にせっせとセラバンドを引っ張っている。
いつか肩甲骨に翼が生えて空も飛べる日を夢見て。
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