メディアグランプリ

今泉公園の秘話。失くした景色と、新たな世界。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【1月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《土曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
記事:森田一志(ライティング・ゼミ 木曜コース)
 
始まりは憧れ。
覚えているのはそれだけだ。
そして終わりは必然。
避けられないことだった。
あと一年早く、僕が生まれていれば。
もしくは彼女が、あと一年遅く生まれていれば。
終わりは訪れなかったかもしれないのに。
 
僕が天狼院書店に友達を連れて来るとき、必ず話すことがある。
目の前に広がる立派な公園を指差しながら。
あの日の思い出に浸りながら。
「あそこね、5年くらい前までは大きな木と、ベンチしかない公園やったんよね」
「へぇ〜そうなんだ」
「さっき向こうに英進館があったやん?」
「そうやね」
「実は高校の時、俺、英進館通ってて、その時に付き合ってた彼女が、天神本館だったんよね。やけんわざわざ1時間かけてここまできよったっちゃんね」
「いや、勉強しろよ!」
「閉館までずっと元カノと勉強しよったし。で、塾が閉まったらあそこの公園で話してた」
「へぇ〜」
「それで、あそこが天狼院!」
 
天狼院書店前の公園を眺めるといつも寂しくなる。
10年前、毎日のように来ていたあの「今泉公園」が、ここまで変わってしまって。
もう昔の面影がまるで残ってない。
「今泉公園」は大きな木とベンチしかなかったから「今泉公園」だったのに。
あの殺風景で、物静かな空間が心地よかったのに。
暗くなると誰も来ない(来たとしてもカップル)あの空気感が、僕たちの居場所だったのに。
二年間の記憶も、終電間際まで語った思い出も、何もかも朽ちて、「今泉公園」はただの公園になってしまった。
今でこそ僕も当たり前の風景として受け入れているが、変わって間もない頃は呆然とした。
しばらく見ないうちに、そこにあるはずの世界が消滅していたのだ。
看板には、今泉公園と記されている。
しかしそこにあるのは、全くの別物。
こんな場所に何の思い入れもない。
理系と文系の価値観の違いで衝突した記憶も、「本を読め」と罵倒された記憶も、彼女の誕生日に僕の小説の処女作を渡した記憶も。
ここには何もない。
何一つ残っていない。
別に元カノとよりを戻したいわけじゃない。
ただ僕は一度好きになった女性を、嫌いになったことがない。
そもそも初めから分かっていた。
彼女が一個上の代で、東京の大学に行くと知った時点で、間違いなく別れは来ると。
遠距離にしようか迷ったけど、僕は身を引いた。
元カノと僕は釣り合わないと思っていたからだ。
運動神経抜群で、英語と国語の偏差値は80を超えていた。
こんなハイスペックな女性と、何の取り柄もない僕が釣り合うわけがない。
僕は学校で頻繁に教師に呼び出しを食らう問題児だった。
教員も学校も大嫌い。そもそも大人を全く信用していない。
それでも「自分の考えがあって素敵だと思う」「賢くはないかも知れないけど、そこまで強固な意志を持ってる人、あんまいないよ」と言ってくれたけど、彼女に対する劣等感は拭いきれなかった。
東京に行けば彼女に釣り合う男がいるに違いない。
僕という存在がいなければ掴めていたチャンスを逃して欲しくない。
しかし遠距離恋愛を取らなかったことを、後で猛烈に後悔した。
相当長い間引きずっていた。
ただでさえ問題を起こしがちだったのに、心が荒んだ僕は、今まで以上に問題を起こした。
あまりにも問題を起こし過ぎて、高3の11月に高校を退学処分になった。
もう別に大学とか、人生とかどうでも良くなった時期だ。
彼女のおかげで安定していた心は、一瞬にして崩壊に向かって行った。
たとえ会えなくても、彼女は僕にとって憧れの存在には変わりなかった。
そして僕が人生の中で最も影響を受けた人物に他ならない。
文章を読むことも書くことも大嫌いな人間だった僕を、変えてくれたのは彼女だった。
国語の偏差値は中学の頃から30台。
100点中一桁を取ることもあった。
いわゆる活字拒絶症というやつだ。
記述模試だって、文章書くことが大嫌いだった当時の僕が、解答するわけがない。
記号だけ勘で書いて提出。
それが高校時代の僕だ。
しかしわずか二年間で文章を好きになり、小説を書くほどにまでなったのは、間違いなく彼女のおかげ。
「毎日10ページ本を読め。そして感想を毎日報告しろ」と言われ、報告しないと容赦のない正拳突きが溝にクリーンヒットする。
空手をしているだけあって、相当痛い。
正直高1まで文庫本を一冊も読んだことがない僕にとっては、10ページ読むことすら苦痛だった。
しかし、彼女のパンチとがっかりされることの方が苦痛なので読むしかない。
それが身を結んで今の僕がいる。
彼女と会っていなかったら、ライティング・ゼミなんか受講する気にもならなかっただろう。
そもそも書店というものに、足を踏み入れてないと思う。
それはつまり天狼院書店と出会うチャンスもなかったということ。
文章というものの素晴らしさを味わえない人生を過ごしていたということ。
僕は、今だに元カノに感謝している。
おそらく、世界一感謝している。
よりを戻したいなんて女々しい感情はないが、僕の人生を最も好転させた人のうちの一人だ。
高校の頃は、そんなことにも気付かない未熟な人間だったが、文章のありがたさを知って痛感した。
元カノを元気付けるために書いた小説は、彼女に勇気を与えることができた。
なんの取り柄もなくて、劣等感しかない僕が、唯一ハイスペックな彼女のためにできたこと。
それが文章で楽しませることだった。
その記憶が、「文章で人の心を動かす」という人生をかけてでも追求したい目標に変わった。
 
僕の記憶を辿る道。
ロフトを右折し、ビッグカメラを超えると、英進館。
怪しげなホテルを両目で見ながら直進。
そこにはもう思い出の場所は無くなっている。
大きな木とベンチしかない公園を、もう見ることはできない。
でもあの頃、塾帰りに残した二つの足跡は今だに心に残っている。
それらを踏みしめた先に待つ、かつてとは全く違う世界。
無くなったもの。新たにできたもの。
もしかしたら、終わりは始まりだったのかも知れない。
 
僕の記憶を知った誰かのいたずらなのか。
失くした穴を埋め合わせるように。
彼女から授かった力を活かす場所が現れた。
 
その場所までの道のりを誰かと共にするとき、またいつもの話をするんだろうな。
 
「あそこね、5年くらい前までは大きな木と、ベンチしかない公園やったんよね」
 
過去との決別を知らせる、公園の前で。

 
***

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2018-12-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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