上から見てわかること
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記事:多田昭仁(ライティング・ゼミ平日コース)
「インドって、意外に快適なんだな~」
これが、インド、ニューデリーの最初の印象だった。その時は、この印象が大きく変わることになるとは夢にも思わずにいた。
52歳で30年勤めたIT会社を早期退職したのが2年前。1年半ほど放浪生活をしていたが、人間とは不思議なものであれだけ嫌だった仕事がなぜかしたくなったのだ。
しかし、54歳の元IT技術者を雇ってくれる会社はどこにもなかった。
IT技術は目まぐるしく変化するの。50歳過ぎでは変化についてこれるかと心配され、経験だけは長いので給料も高めだった。そんな人は私が人事でも雇ったりはしないだろう。
そんな時、インドのニューデリーで日本語学校を作る仕事を友人が紹介してくれた。社長との面接で「学校を作った経験はありません」と素直に話したら、「そんな経験、ある人の方が珍しいですよ」と、まったくの未知の分野、未知の国での就職が決まった。
5月18日、土曜日の夕方、ニューデリー空港に降り立っていた。ニューデリー空港は比較的近代的で、全館空調が効いていて過ごしやすかった。外に一歩出ると夕方6時だというのに外気温40℃、さすがに暑かった。しかし、社長が「家、職場、車の中はすべて冷房が効いているから、暑さなんて気にならないよ」と言っていたのを思い出す。
確かに、車に乗ると外気40℃が嘘のように快適だ。ホテルについて、ロビーに入るまでの一瞬、外気に触れたが、それでも中に入れば、またしても全館空調が入っている。
ロビーは快適な温度設定だったが、部屋の中は北国に迷い込んだかのように寒かった。
ホテルの部屋自体も快適、ホテルのレストランも和食を提供していて、とてもインドにいる気にならなかった。
確かに街並みはお世辞にも清掃が行き届いているとは言えない状況だったが、想像した以上にビルは立ち並び、外気温40℃さえ気にならない状況で、ふと「インドって、意外に快適なんだな~」と独り言をつぶやいていた。
5月20日、月曜日から仕事が始まった。さっそく事務所に行くとインド人のターバンを巻いたマンジートさんとサリーをまとったプリクシャさんが出迎えてくれた。
わざわざ高い給料の日本人を雇う会社に勤めているだけあって、二人とも小奇麗な身なりをしている。いわゆる中流階級の人たちであろう。乗っている車もいわゆるファミリーカータイプ、高級車ではないが車を買えるだけの生活水準なことは容易に想像がついた。
日本にいるときに想像していた、貧困の国「インド」とはまったく違う世界だった。
まだ見ぬ日本語学校に通う生徒さんたちも、子供を語学学校に通わせるだけのある程度余裕がある家庭の子女だろう。
そう、インドは日本と大した違いがないだな~と大きな勘違いをしていた。
事務所のトイレに行った時のことである。
トイレの大きな窓から外を見ると、高層ビルの間の空き地に人だかりができているのが見えた。よく見ると大きな水たまりができていて、そこに大勢の女性が集まり、洗濯をしているのだ。その横では子供たちが上半身裸で水浴びをしながらはしゃいでいる。中には体を洗う男性の姿もあった。
さらに、その横には土壁にトタン屋根の粗末な家が立ち並んでいた。
この子たちは日中の暑さを避けるため、水浴びをしているのだろう。
この場所は幹線道路から少し奥まったところにあり、道路沿いからでは彼らの生活を垣間見ることはできない。貧困対策のボランティアをしていれば、この手の貧民街に入る機会はあるかもしれないが、仕事で来ている以上は危険を冒してまではいるべき地域ではないだろう。普通にインドで仕事をしていたら、垣間見ることのなかったであろう「もう一つのインド」を、ちょっと上から見たら、発見できたのだ。
インドの貧民街の実態を垣間見たぐらいで彼らを貧困から救ってあげようなどと大それたことを考えているわけでも、勧めているわけでもない。
ただ、ちょっと上から見ると、いつもは見えなかったものが見えてくるだろう。もしかしたら、横や下から見るのもいいかもしれない。
物事をいろいろな視点でみることは、とても重要だということを思い出させてくれた。
こんど日本に戻った時には、すこし高いところに登ってみて自分の住んでいた街を眺めてみようと思う。なにか新しい発見ができるかもしれない。
どこか登れる場所を見つけたら、ぜひ登って上からの景色を楽しんでみてはどうだろう。
もしかしたら、新しい発見ができるかもしれない。
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