穴があったら入りたいような年齢ではないけれど
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記事:ビーマン(ライティング・ゼミ平日コース)
「そうだ、洞窟に行こう。」
連休前の金曜日、私は唐突にひらめいた。
きっかけは些細なものだ。今年の春に初めて福島県の鍾乳洞に入った時のこと、私は洞窟の魅力にとりつかれた。もともと会社の施設を見学しようと休日に福島県に旅行に行った際、時間をつぶすために近くの鍾乳洞に行ったのだった。運命の出会いともいうべきことだったのかもしれない。
ひんやりとした洞内。照明もあるがそれでも暗いところは暗く、視覚と足の感覚を使いながら進んでいく。滑らかな壁面は水の作用によって長い年月をかけて少しずつ削られていったらしいことを告げている。長い年月をかけて削られてきた洞窟は今も水によって削られている。水にぬれている洞内は光を反射して輝いており神秘的な光景になっている。ゴツゴツとした岩肌ではあるが滑らかで美しい。テーマパークで洞窟探検をモチーフにしたものもあるが、あれでは再現できないだろう美しさがある。自然の年月を人の手で再現するのはお金をかけても難しかろう。その美しさに心奪われたのだった。
連休中やることがないことに焦っていた私はその時のことを思い出し、洞窟に行くことを決めたのだ。
今回、私は富士山の近くにある溶岩洞窟に行くことを決めた。理由は簡単で日帰りで行けるからだ。私はリュックに念のための着替えと本を数冊入れて出かけることにした。
洞窟と言っても観光地であるので特別な持ち物は必要ない。今回行ったところではヘルメットの無料貸し出しがあった。必要なものは入場料と汚れてもいい服装である。
東京からバスを乗り継いでついた洞窟はあたりを森林に囲われていた。当日は湿度の高い曇りの日であったが、洞内に入るとひんやりとしていて心地が良い。掲示によれば洞内を氷の保管場所としたり蚕の卵の孵化のタイミング調整に用いたりしていたらしい。洞窟内から出てきたときには寒暖差のせいで眼鏡が一気に曇ってしまったほどだ。
洞窟に入って感じるのは冒険心である。洞窟というと宝さがしのイメージがないだろうか。当然宝はないけれど、足場の良くない薄暗い天然の洞窟を進んでいくとワクワク感や高揚感のようなものを感じる。映画のワンシーン、あるいは昔遊んだゲームや絵本の一場面がよみがえってくる。自分がその登場人物になったような感覚にもなってくる。気づくと楽しい気分になっているのだ。
そんなことを考えながらゆっくりと歩いているといつの間にか一人になる。洞窟に入ると目立つものがあまりないのでどこも同じような光景になってしまうためか、大抵の人は足早に去ってしまう。いつの間にか一人になって洞内にたたずんでいると、自分の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。音も明かりも制限された中で見えているものと足場の感覚に身をまかせる。街で暮らしているとどうしても聴覚や視覚を通じて情報が入ってきてしまうものだが、洞内ではそれがない。耳には水の滴る音、目にはどこも似たような岩場のみである。慣れ親しんだものもなく孤独なようだが、長い年月をかけて自然が作り出した環境にいるとなぜか心が暖かくなる。尖っているものがないせいか、全てを受け入れてもらえるのではないかという安心感が生まれる。大自然に包まれているような感覚、洞内は尖っていて岩は硬く厳しくはねのけてしまいそうであるけれども、最終的には全てを受け入れてくれるようなこの感覚がたまらないのだ。ひんやりしていて暗い所ならお化け屋敷でもいいじゃないかと言われそうだが、お化け屋敷にこの包容力は見いだせないと思う。
ゆっくり歩いていたせいか私は照明部分の光の当たる部分だけに苔が生えているのを発見した。肌寒く、人工的な照明のほかには光の当たらないような場所にもかかわらず、植物が生きようとしていた。思いがけず自然の生命力を発見したのだった。
洞窟は美しさに加えてワクワク感と包容力、そして生命力を持っている。楽しかった少年時代の思い出のように輝いていた。悩むこともあるけれど、自然に囲まれる中で少し気が楽になった。今回洞窟に行ったことは正解だったと感じている。
洞窟探検のことをケービングと呼ぶらしい。日本ではまだあまりメジャーではないそうだ。洞窟探検と言えば誰しも一度は憧れを持った言葉ではないだろうか。一度洞窟に足を運んでみてほしい。少年・少女時代の楽しかった思い出が今もそこに眠ってあなたがやってくるのを待っているのかもしれない。
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