嫌いだった記憶は時間とともに
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記事:鹿内智治(ライティングゼミ・日曜コース)
私は姉が嫌いだった。
小さいころから、姉は頑固者で、偉そうで怖い印象がある。
歳が3つ離れていて、小さいころは力では勝てない。
ブロックで遊んでいても、あとから来た姉に奪われて、泣かされることがよくあった。
テレビのリモコンの取り合いもしたが、いつも負ける。
父親が家にいないときは、「自分がテレビの支配者だ」と言わんばかりにテレビを占領していた。私の見たい番組は聞き入れられることはまずなく、私はすみっこで、いじけるしかなかった。
中学生になり、姉のことが大嫌いになった出来事がある。
それは、姉弟そろって、塾に英語を習い始めたときのことだった。
塾に通い始めて、母親はとても喜んだ。それは母親が子どもたちに英語を教える夢を叶えられると思ったからだ。
あるとき、母親が英語を私に教えたいと言ってきたので、「姉じゃないの?」と思った。
どうやら、姉には振られてしまって、次に私のところに来たのである。
私は中学生だったし、勉強するならひとりが良かったし、母親は教えるのはあまり上手くなかったので、できれば断りたかった。でも、せっかく母親がやる気になっていて、教えることで喜んでくれるなら、接待のつもりで承諾することにした。末っ子はこういうところが計算高くて自分でもビックリする。
母との勉強の時間は思いのほか楽しかった。なぜなら、母の教え方はいまいちだったが、普段、仕事に家事に忙しくてあまり構ってもらってなかったので、そんな母の貴重な時間を独り占めできるのが嬉しかった。しかも、塾の宿題も捗るし、うまいシステムだと思った。でも、そんな心地良い時間はすぐに終わることになる。それは、姉がデマを流したのだ。
当時通っていた塾の塾長(この人がめちゃくちゃ怖かった)に姉が「弟が母親から塾の宿題の答えを聞いている」とデマを流したのだ。すぐに私は塾長に呼び出された。
「お前の姉ちゃんから聞いたぞ! お母さんから答えを教わるとはどういうことだ!」とこっぴどく怒られた。「一緒に勉強しているだけです」と弁明しても、全く聞き入れられなかった。「いいからお母さんと一緒に塾の勉強するのはやめろ!」と言われた。「答えなんて教わってない。自分で解いるだけなのに」と信じてもらえなかったことがショックだった。「姉の奴め! お前が母親の誘いを断ったから俺が教わることになったのに。そこまでするか?」と怒りを通り越して、あきれた。
そんなことがあり、母との勉強は終わってしまい、これ以降私は姉と口をきくことはほぼなくなる。
数年後、姉は、他県の大学に進学することになり、実家から出て行くことになった。
姉はそのまま地方で就職して、長い休みが取れると実家に帰ってきては、仕事の様子を両親たちに話しているのを横で聞いていた。やりがいのある仕事ができていて、仕事は順調そうだった。
姉に遅れて数年後、私もSEとして社会人をスタートした。
よし、俺もやりがいのある仕事をやるぞと意気込んでいたが、私は姉と違って、スタートから仕事につまずいたのだ。
最初に配属になった部署は、ものすごく忙しいところで、遅くまで残業するのが当たり前。先輩たちは、新人の私に教える時間がとれず、雑用ばかりをさせられるばかりで、何を期待されているか分からない。
まとまった仕事を任されても、企画からやらねばならず、新人の私には荷が重かった。全く結果が出せず、周りの人たちがとても優秀に見えて、自分がひどく出来損ないに思えて泣けてきた。仕事というか、自分に自信を失っていた。
そんなときに、親身に相談に乗ってくれたのが、姉である。
たまたま、移動で姉の車に乗せてもらったとき、ポロっと、仕事に行き詰っていることを話してしまった。てっきり、厳しく先輩面されて、偉そうに上から言われると思った。
でも、そうではなかった。私の悩みに共感しつつ、先輩の目線でのアドバイスをくれたのだ。正直嬉しかった。言葉に思いやりがあっただけでなく、なんだか初めて優しい姉の存在を感じられて、思わず心が温かくなった。いつも恐くて、偉そうな姉から優しさをもらって、なんとも言えない安心感から目がウルっとしてしまった。
仕事の悩みは時間とともに解消していった。
そして、数年後、互いに家庭を持つようになり、仕事の話から、家庭のことや育児のことに話題は変わり、時には家庭や、子育てのグチを言い合うようになった。本音が言える対等な関係に変わっていた。
小さい頃は、あれほど恐くて、嫌いで、顔も見たくなった姉は、今では、親友のような存在に変わっていったのだ。
歳を重ねると、いろんなことが許せるようになり、幼いころに思っていた負の感情はちっぽけなものに変わることがある。だから大人になることは楽しいのだ。
嫌いだった記憶は時間とともになくなり、自分の人生を一生懸命に生きようとする同士になれたことが何よりも嬉しいのだ。
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