それはとっくに腐っていた
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記事:村山優(ライティング・ゼミ平日コース)
洗い物を終えたあと、彼はベッドでくつろいでいる私にむかって言った。
「今いい? 大事な話があるんだけど」
心がすっと冷たくなった。
私だけ世界から切り離された空間にいるようだった。彼の言葉の断片が頭の中でぐわんぐわん回っているのを、妙に冷静に見ていた。
「好きな人ができた」
「だから、俺たち別れよう」
何が俺たちだ。別れようだ。そっちが先に心を離しておいて2人とも悪かったことにするんだ。別れてくださいだろ。
言われた途端ムッとした。
物分かりのいい私は
「わかった」
とだけ言い、最低限の荷物をリュックに詰めて家を出た。
私のつくった肉じゃがは、どんな気分で食べていたのだろう。1週間後に予定していた四国旅行、どんなつもりで宿を予約していたのだろう。
それまであまりにも普通に過ごしていたから、気付かなかった。「大事な話」と言われるまで、同じベッドで眠ると思っていた。というか当たり前すぎてそんなこと思ってすらもいなかった。
旅行も予定していたし、彼が言う通り「昔好きだった人と会ったら彼氏と別れたと言われてまた気持ちが蘇った」のだと納得した。
それならしょうがない。私はかわいくもないしアホだし性格もかわいげがない。
そう憔悴しながら思った。
しかし、彼の話はなんとなくぼんやりとしていて腑に落ちなかった。
彼もいる部活の飲み会で、彼の同期である仲の良い先輩にそんなことを言った。涙があふれはじめ、慌てて柱の影へ隠れた。
「ちゃんと納得できるまで聞いた方がいいよ。ゆうには聞く権利がある。私もあいつに言っとくね」
その先輩は言った。
数日後、うじうじと友人にもその話をした。彼女は「もう今LINEし?」と背中を押してくれた。スマホを見ると同時に通知が来た。
「もう一度話す?」
「まだ話し合いきれてないとこがあるかもしれんと思って」
話し合いも何もはっきり話してくれればいいんだけど。私の方から話すことなんてない。
毒づきながら
「うん、そうしたい」
返事を送った。
よく自転車でカフェを開拓していたからか、2人とも行ったことのないおしゃれなカフェに集合しパスタを食べながら話した。
アボカドソースはあまりパスタになじんでおらず、こっそりと
「味どうだった?」
「うーん、微妙」
「だよね」
なんて会話をした。
彼の好きな相手は、この前相談した先輩だった。その名前を聞いた瞬間、腑に落ちた。
もうはっきりとわかった。私たちの恋は、とっくに腐っていた。周りはまだはっきりとしているのに、包丁で切ってみると中身は真っ黒なアボカド。
時たま彼が同期の話をするとき、「昔先輩のこと好きやったんやろうなぁ」などと思っていた。のんきなことだ。
なんなら「好きな人がいる」と言われたときに真っ先に浮かんだのも彼女の顔だった。先輩には彼氏がいたから除外したけれど。(つまり彼の言った「その人が別れたから」は嘘であった)
ただ私は見て見ぬ振りをしていただけで。
毎朝私の方が30分早く起きてご飯を作る。夜は授業が18:00に終わり、研究室から彼が帰ってくる19:30までに夜ご飯を作る。食器洗いは彼の仕事。23:00にベッドに入って戯れて寝る。
その繰り返しに私は安心しきっていたのだ。それはあると。もう修復不可能なぐらいに溶けてしまっていたのに。
そして、それほどに私は彼のことをきちんと見ていなかったのだ。私もきっと、きちんと彼を愛していなかったのであろう。
彼と別れた後私はマッチングアプリを始め、そこで新たな恋人ができた。
付き合って半年以上たった今、私たちは喧嘩をするようになった。
前の彼には「なんでいつも私がごはん作ってるの」なんてことすら言えなかった。不満に目をつぶることはいつの間にかその人を純粋に見つめる目まで奪ってしまっていた。
今まで彼氏は愚か、友達ともケンカをしたことがほとんどなかった。
自分の不満をぶつけることにはエネルギーがいる。それを受け取ることにもエネルギーがいる。怖いし、嫌いだった。それぐらいだったら飲み込んだほうがマシだった。
でも、私は少しの胃のキリキリを、頭の奥の鋭い痛みを感じながら、主張する。もう、知らぬ間に腐らせたくないから。
このケンカは、本当に私たちが合わないからなのかもしれない。まだわからない。でも、こうやってぶつかり合っているうちはきっと私たちは愛している。ぶつかってもまだつながっていようとする、わかりあえないながらにもわかり合おうと努力しているうちは、きっと大丈夫。
答え合わせはまだだいぶ先だけど。きっとね。
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