周りから「うるさい」と注意される人に憧れていた。《川代ノート》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」で「読まれる文章のコツ」を学んだスタッフが書いたものです。
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私の同僚、山本海鈴は声が大きい。
彼女がそれに気がついているのかどうかは別として、まあ私から率直に見て、彼女は声が大きい。そしてリアクションもでかい。表情も豊かだ。
色々な顔をするし、なんでも顔に出るのですごくわかりやすい。素直。元気いっぱい。パワフル。周りの人間が彼女のことを見るとき、だいたいそんな形容詞が出てくる。
今年の4月に天狼院書店に社員として合流してからはや8ヶ月と少し。故郷の東京を離れ、福岡天狼院に異動になってから3ヶ月。あっという間だったとも思うし、まだそれしか経ってないのかとも、思う。
一緒に来ることになった山本海鈴は同じ1992年生まれ、同じ早稲田大学出身で、実はかれこれ5年の付き合いになる。初めて彼女に会ったのは、大学二年生のときだった。思えば私はまだ二十歳にもなっていなかったのだ。私たちが出会ったのは、留学先が同じだからだった。1年弱にわたるアメリカ留学を乗り越えた、仲間だった。
どこに留学してたの? と聞かれ、「アメリカのインディアナ州です」と言って、相手がピンときたためしが一度もない。そりゃあそうだろうと思う。インディアナ州は本当に田舎で、しかも田舎であるインディアナ州の中でも、私が住んでいたリッチモンドというところは、もはや何もないことが特徴のような、本物の、生粋の、正真正銘の田舎町だった。キャンパスの周りには住宅街と、少し歩くと大きな道路がある。道路の先には永遠に続くトウモロコシ畑と大豆畑。車で30分ほどいったところにようやく、わりと大きな(と言ってもウォルマートくらいのもの)ショッピングモール。遊ぶところ、なし。ちょっと歩けばタコベルとドラッグストアと、よくわからない100円ショップ的なものがある。
本当にそれくらい。かといってキャンパスの中に何か面白いものがあるかというと、そういうわけでもなかった。毎日、朝ごはん→授業→寮→コーヒーショップ、の繰り返し。たまの休日にインディアナ州の州都、インディアナポリスに行ったところで、あるのはフォーエバー21とかH&Mとかそれくらいのものだ。刺激のない生活。暇すぎて、あまりに時間がありすぎるので仕方なく勉強をしていた。今思えば、よくあんなところで一年近くも生活できていたな。でもあの頃は本当に、英語を話したいとか、一人で生活してみたいとか、「自立」のための第一歩に、ワクワクしていたのだと思う。
そんな私の留学先でほぼずっと一緒にいたのが、山本海鈴だった。
彼女は今と変わらず初めて会ったときから人との距離が近く、誰とでも仲良くなれる子だった。そして声が大きいのも変わらなかった。いや、今よりもさらにもっと声が大きかったかもしれないな。今はわりと常識的な大きさだけれど、あの頃は本当に「でかい」という感じだった。もしかしたら英語を話すとテンションが上がってより声がでかくなってしまうのかもしれない。とにかく、山本海鈴は声がでかくて、それと同時に存在感もでかかった。彼女がいると雰囲気ですぐにわかった。
声がでかかったので、海鈴はよく「もー海鈴うるさい!」と周りから言われていたし、私も言っていた。海鈴のテンションが上がるともう誰も止められなくなるのだ。楽しそうに、明るく話し出し、大きな声で笑うので、「あーはいはいうるさいうるさい」といじられていたことも少なくなかった。
これは今だから言えることだが、私はそんな彼女に少なからず嫉妬していた。いや、憧れていたと言った方がいいのかもしれない。なぜなら私は「うるさい」と人から注意されたことが一度もなかったからだ。
小学生の頃、私は学級委員をやり、教室の隅っこで本を読んだり絵を書いたりしているようなおとなしい子どもだった。多少いじめられたりもした。そんなフラストレーションがたまってか、いわゆる「中学デビュー」というやつをやって、クラスの人間を仕切りたがった。ギャルのようなメイクをし、眉毛を剃り、学年で目立つ子たちと一緒につるみたかったし、そういう子たちと仲良くしていた時期もあった。
クラスで「うるさい」と言われるような子に、私は惹かれた。そういう子と一緒にいたいと思った。そして「うるさい」と呼ばれるような子たちと一緒にいることによって、自分自身も「うるさい」と言われることが増えた。誰かが大きな声でギャーッと叫んだり笑ったりすると、みんなが少し迷惑そうな顔をしたり、「何があったんだろう?」と興味を持ったような顔でこちらを見る。そういう目で見られることが快感だった。「うるさい」と言われる輪の中にいたいと思っていた。
でも私は、私自身は、「うるさい」だなんて言われたことが一度もなかった。本当に。たぶん人生で一度もないと思う。一人の声が大きい子と一緒にいて、巻き添えを食らって注意されたことは何度もある。でも私自身に、「川代紗生」という人間が、ピンポイントで「うるさい」と注意されたことは、一度もなかった。たったの一度もだ。
「うるさい」と大人から注意されることは、もちろんよくないことかもしれないと思う。周りに迷惑をかけていることになるから、それはよくわかる。でも私はそれでも憧れた。「うるさい」と言われたいと思った。なんで私は「うるさい」人間じゃないんだろうと思った。
私が途中からいなくなっても気がつかない人間はたくさんいた。私はうるさい人間じゃないのだ。いてもいなくても同じ。存在感が薄い。人の目にとまらない。「なんかさきがいないと盛り上がんないよね」とか、そういうことを言われたいと思った。うるさいと注意されたかった。
でも生まれてから、大人になった今でも、私は「うるさい」と言われる人間になったことがない。
「うるさい」とは、ある意味、何か引っかかるところがあるということなんじゃないかと思った。だから、山本海鈴は、人に何かを引っかける部分を持っている人間なのだ。心の中に何か、存在感を残す。印象を残す。何かわからないけど、「山本海鈴」という人間に会ったら、忘れない。そういう人間。
私もそういう存在感のある人間になりたかった。何か引っかかるところを持っている人間になりたかった。私のことを忘れないで、と思った。見て。私のことを見て。私だっているよ。私だってうるさいよ。こんなにうるさいよ。心の中は死ぬほどうるさいのに、止めようとしても止まらないほどの言葉が溢れているのに、私は「うるさい」とは言ってもらえない。その事実が、たまらなく悲しいと……寂しいと、思った。
うるさくないということは……。
誰からも注意してもらえないということは、苦しい。辛い。痛い。
怒られたり、注意されたり、嫌われたり。私は周りからのネガティブな感情を嫌う。嫌うからこそ迷惑をかけまいと行動してしまう。だからうるさくしないようにする。存在感を消そうとする。
人に注目されたくて、愛されたいから、「うるさい」と言われる人間になりたい。
人に注目されたくて、愛されたいから、迷惑をかけないように気をつける。
「いい子」でいようとすればするほど、「魅力的」な人間からは遠ざかる。「正しい」ことと、「魅力的」であることは違うのだ。でも私は欲張りだから、正しい人間でいたいと思うし、魅力的な人間でありたいとも思う。
矛盾した感情がいつもいつもせめぎあっているから、中途半端だ。どっちなんだ自分は、といつも思う。
でも、だから、だからこそ私は、文章を書くのかもしれない。「うるさい」と言われたいから、書くのかもしれない。もっともっと、意見が割れるような記事を書きたい。人から批判されるような記事を書きたい。賛否両論起こすようなものを書きたい。人の感情を、ぐちゃぐちゃにかき乱してみたいと、そう思うのだ。自分の、文章の力で。
私自身は、個人としての「川代紗生」は、全然うるさくないから……だから、せめて、せめて、このネット上にいる「川代紗生」は、うるさい人間であってほしい。「なんだこいつ」と言われる存在でありたい。目障りだな、と思う人間が現れて欲しい。
変な感情だな、とわれながら思う。なんでこんなことを思うんだろう。なんでエゴサーチをして、自分の悪口を見つけると少し嬉しくなるんだろう。変だな、と本当に思う。でもうるさいと言われたいのだ。「いい子だけど気にとまらない存在」よりも、「なんか気になるうるさい存在」でありたい。
そんなことを思いながら、毎朝、起きると山本海鈴に会う。彼女は朝から天真爛漫だ。明るい。楽しそう。全力で仕事をやる。悩みとか何もなさそうに、見える。パッと見た感じは。あー、やっぱいいなあなんて、出会ってから5年経つ今でも毎回、そう思う。
でも、海鈴を「羨ましい」と思いそうになるといつも、私はぼんやりと、留学中に悩み、苦しみ、顔を歪めて縮こまっていた彼女のことを思い出す。思い出そうとする。山本海鈴は泣いていた。どうして泣いていたんだろう。今となってはそれほど詳しくは思い出せない。いや、もしかしたらたいしたことじゃなかったのかもしれない。でも彼女は泣いていたのだ。それを見て、私は思った。
ああ、この子でも、泣くことがあるのか、と。
どんなに明るくても、楽しそうでも、元気一杯でも。どんなに「うるさい」と言われるような子でも、うるさくないときはあるのだ。エネルギーがなくなったり、自信を失ったりすることがあるのだ。そうだ。誰だって悩んだり苦しんだりする。海鈴だって苦しむ。私と同じだ。
私は、山本海鈴にはなれない。今から声を大きくしたり、急激に明るい人間になったり、パワフルになったりすることは不可能だ。私は山本海鈴ではなく、川代紗生でしかない。いくら嫌なところがあっても、海鈴に憧れることがあっても、川代紗生をやめて今から山本海鈴に乗り換えるということはできない。私は一生、この自分と付き合っていくしかないんだ。
だから、私は書く。せめて、文章だけでも、誰かに「うるさい」と言われるような存在になれますようにと、願う。
今日も私は文章を書く。書く。書く。書く。書いて書いて、書きまくる。
書くしかないんだ。
「なんだこいつ、うるせーな」と顔をしかめる、知らない、ずっと遠くの誰かの顔を、想像しながら。
***
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