チーム天狼院

誰か頼むから、私の隣のスースーおばさんを黙らせてくれ《川代ノート》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」で「読まれる文章のコツ」を学んだスタッフが書いたものです。

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福岡天狼院店長の川代です。

スースーおばさんが止まらない。
どうしよう。どうしたらいい。私はどうするべきだ。
誰か頼む。黙らせてくれ。隣のこの人を静かにしてくれ。頼む。頼むから。
なんでだ。どうしてだ。どうしてこの人はスースー言ってるんだ、ずっと。辛い。辛い。気になる。ああ気になる。気になって気になって何も手につかない。ああどうしよう。

朝8時半の、スターバックス。
最近の私は早起きだ。夜は23時を過ぎるとかなり眠くなってくる。夜は日付を過ぎる前には眠り、きちんと睡眠をとって6時か7時頃起きる。きちんと身支度をして、好きな服を、時間をかけて選んで家を出たあと、スターバックスに行ってコーヒーとスコーンを食べながら、その日1日の仕事計画を立てる。今日1日のスケジュールを振り返り、何をどんな順番でこなしていくのかを考える。この時間が私にとって至福の瞬間なのだ。

今日の朝の目覚めも素晴らしかった。外は晴れ、冬らしいしんとした空気が私の背中をシャキッともち上がらせる。いい朝だ、と思わず声に出してつぶやく。今日はいい1日になりそうだ。
朝スターバックスに行くというだけでこれだけ気分がよくなるのはどうしてだろうと、ふと思う。「朝」と「スターバックス」というキーワードの組み合わせは、なぜか新しい化学反応を起こして、何か新しい本当に美しい何かの概念かのように感じさせる。私は「朝」に「スターバックス」に自分がいるという事実だけで、もう楽しくなってきてしまう。にやけてくる。

だから私は最近毎晩、夜眠るのが楽しみなのだ。次の日の朝が来るのがすごく楽しみなのだ。あの朝のスターバックスの時間をとても楽しみにしているのだ。それで自分の生活リズムを保っているところもあるのだ。なのに。

なのに、なのに、なのに……。
なのに、なんで。

悲劇は、私がスコーンを食べ終わってすぐの頃に起きた。

何か息のような、小さな音が右隣から聞こえる。風の音かもしれない。コーヒーを入れる何かの機械音かもしれない。うん、そうだ、と自分を納得させる。きっとそうに違いない。けれど「スッ」「スッ」という音は止むどころかますます大きくなるばかりである。スッ、……ッス、……セッ、という謎の「サ行」がひたすらに聞こえてくる。なんだこれは。何の音なんだ。私は確信を持ち始めた。これは機械の音でも風の音でもない。隣のおばさんが出している音だ。

おそるおそる、右隣の席を見る。隣にいたのは40〜50くらいのおばさんだった。見かけは普通のおばさんだ。特に変なところもない。ただおかしいのはその口元だけである。

そうだ。口がひたすらに動いている。口をとがらせる。にゅっと大きくとがらせる。前に突き出す。そして言う。「スッ」。何だこの人は。なんでこんなにスースー言ってるんだ。私は「あの、そのスースー言うのをやめていただけませんか」という視線を込めて彼女のことを見る。でも彼女は全く気がつく気配がない。なんだ。なんでだ。なんでこんなにスースー言うのに夢中になっているんだ。

よく見ると、スースーおばさんはイヤホンをしていた。パソコンを開いている。そしてノートと、教科書のようなものを開いている。英語が書いてある。なるほど、英語の勉強をしているらしい。そうか。わかった。スースーおばさんは「S」
の発音が苦手なんだな、と合点がいった。

そうかそうか。Sの発音に納得がいっていないのか。本当に納得いっていないのだろうと思う。それほどに続く「スッ」。止まらない。もはや何と言っているのかわからない。ただ「ス」の練習をしているのかもしれないが、なんだか別の音も聞こえる。なんだ。なんなんだ。何を言っているんだ。何がそんなにうまくいかないんだ。

いや、でも待て。これは試練だ。私はこれくらいで集中力を切らしてしまうようなやつだというのか。そんなんじゃだめだ。隣の人のスの音が気になるくらいで仕事ができないなんて言っているようでは、これから先全然やっていけないぞ。だめだ。これは試練だ。集中するんだ。自分の意識に没入しろ。耳に感覚を向けるな。自分のことだけを考えろ。そうだ。隣のおばさんは存在しない。気にするな。スッ。大丈夫。私はちゃんと集中出来る。スースーおばさんなんて集中できない私の言い訳が産み出した幻想である。現実には存在しないのだ。……ッス。そうだ。私は今日やることがいっぱいあるじゃないか。記事を書かなきゃいけない。イベントをアップしなきゃいけない。それのために、いいスタートダッシュを切るためにスタバに来たんだろう? そのために朝スタバをしようと思ったんじゃないか。そのことを忘れてはいけないよサキ。諦めたらダメだ。スー。そこで試合終了だよ。もしこれから、とんでもなく爆音の場所でも仕事をしなければならない状況になったらどうする? たとえば爆発が起こったときに急に仕事の連絡がきたら? スッ。それに比べたらスースーおばさんなんて全然気にならないだろ。スー。うん。気にならない。たかが口の音だ。ス。小さな音だ。スッ。ほら奥のサラリーマンは全然気にしてない。ススッ。全然平気そうな顔でパソコン売ってるよスー。

なああああああああああだめだもう気になる!!!! 気になりすぎる!!! だめだ無理だだって気になるもん! スーってなんだよ! なんなんだよ! なんでSの音だけ何回も練習してるんだよ! なんで!? 何!? 何の文章を練習してるの? 別にSの練習とかちょっとでよくない? もう30分くらい練習してるよ? 何で? 何があったの? 同僚から「お前Sの音だけ変じゃね?」とでも言われたの? 本当やめてよおばさん。っていうかスタバで発音の練習すんのやめろや!!!

頭の中は大パニックである。どうした私。落ち着け。人の口の音くらいに悩まされすぎだ。別にいいだろうこれくらい。おばさんはきっとこれから英会話のレッスンがあるんだ。その前に少し練習しておきたかったんだ。大丈夫。嫌なら私が移動すればいい話。

……と思ったけれど、この席は唯一電源がある席だ。このおばさんの隣以外、電源はない。さあどうする。ここを立つなら普通の電源がないテーブル席に座るしかない。バッテリはー。あと少しあるか。スッ。どうする。どうしたら? どうするべきだ? スー。どくか? どうする? あーでも私この席が好きなんだよな。スッ。スー。スッスッズーズズアーッセッティヴ、ステッテュートスッテンデースッ。

あーもうだめだ! 無理! 私は荷物をまとめ始めた。気になりすぎる。私が小さい人間なのかもしれない。心の狭いだめなやつなのかもしれない。でも無理だ。無理なのだ。もう心の狭い人間と呼ばれてもいい。私は口の音が気になるタイプの人間なのだ。ごめん。すみません。スースーおばさん。心の中でこんなに罵倒してごめんなさい。でもね、おばさん。こういう人間もいるんです。世の中には。「人の口の音がすごく気になる」という人間も存在するんです。お願いです。気がついてください。あなたにとってはとても小さな音かもしれない。でも私にとっては爆音のクラブミュージックよりも気になる音なんです。

自分の器の小ささを情けなく思いながら、私はパソコンをリュックにしまう。そして思う。自分はこんなに小さなことでイライラするような人間だったのかと。これくらいのことにキレてしまうほど怒りの沸点が低い女だったのかと。それから、さらに思う。私はこれくらいのことでイライラしてしまうわりには、他人をイライラさせるきっかけをたくさん振りまいているのではあるまいか? と。私はカフェで隣にいる人に迷惑がかからないようにケアができているか? 爆音でかけている音楽はイヤホンから漏れていないか? 私の荷物は隣の人の足によりかかっているんじゃないか?
人に迷惑をかけないということは難しいことだ。他人を思いやり、気遣い、きちんと相手のことを考えられる人間になるまでには、かなりの時間がかかりそうだ。そして、隣の人の口の音を気にならないくらいの、器の大きな、余裕のある大人になるまでにも、けっこう時間がかかりそうである。

私はスターバックスのテーブル席に着く。充電はそれほど余裕があるとは言えない。もう少ししたら福岡天狼院に戻ろう。そこでハッとする。
そうだ。福岡天狼院があるじゃないか。福岡天狼院は広い。席もけっこうある。充電できるスペースもかなりある。無料のWi-Fiもある。食事もできるしコーヒーも飲める。

スターバックスにせっかく来たのに、席が空いていない。電源が使えない。Wi-Fiがうまく使えない。隣のおばさんが、発音の練習をしていてスースーうるさい。
そんな方は、どうぞ、福岡天狼院にお越しください。
本もあります。雑誌もあります。コーヒー、ホットドッグ、パニーニ、ビール、三岳、あります。広くて明るくて、窓が大きくて、スタッフがおしゃべり好きな、本屋さんです。

あなたの隣のスースーおばさんと、自分の心の狭さにちょっと疲れてしまったとき。
どうぞ、福岡県中央区天神、福岡天狼院の扉を開いてください。三角公園のすぐ近くです。

みなさまのご来店を、心からお待ちしております。

***


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2016-12-10 | Posted in チーム天狼院, 川代ノート, 記事

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