チーム天狼院

理想の彼氏になるのも悪くない


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記事:田中麻美(チーム天狼院)
 
「この前、友達に彼氏とラブラブだったねって言われたんだけど」
 
カフェで向かいの席に座る友人は言った。私はうんうん、と聞く。
どうやら彼女は彼氏と2人で食事に行って、そのお店でアルバイトをしていた友人に、彼氏とラブラブなところを目撃されていたらしい。ラブラブでなにより。
 
「でもその店、彼氏と行ってないんだよね」
「ほう。では誰と」
  
まさかこの女、浮気か。雲行きが怪しくなってきた。身構える私に彼女は言う。
 
「お前だ。お前としか行ってない」
「……まじで」
  
これにはさすがにびっくりした。驚いた。あまりにも驚いてぽかんとした顔をした私に、彼女は「まあ飲めよ」と注文していたミルクティーを差し出した。
確かにこの間、彼女と2人でふらふらして、お昼を一緒に食べてしばらくおしゃべりをしていた。していたんだけど、そんなまさか。まさか友人の彼氏に間違われるとは。
 
「そんなに彼氏っぽい服着てた? 男みたいな」
 
ミルクティーを飲んで尋ねる私に、彼女は言う。
 
「いや、髪型じゃん? わかんないけど」
 
男性に間違われることは初めてではない。長かった髪をばっさり切ってから、やたらと間違われるようになった。
バスに乗っていたら男性客だと思われたし、女子トイレの列に並んでいたら他の利用者に驚かれた。面識がない人に呼ばれたときなんかは「そこの彼」と言われたこともある。そんなことを繰り返してきて、とうとう、友人の彼氏に間違われるまでになった。
 
よく男の人に間違われる、なんて家族に言うと、それは失礼な話だ、という言葉が返ってくる。そりゃあ、娘が男に見られたら、親としてはそう思うのかもしれない。
 
でも、ここで違和感を覚えた。失礼だと家族は言うけれど、私自身は、なんとも思っていないんじゃないか? 
私はどうして家族にそのことを話しただろうか。失礼だと怒っていたからだろうか。絶対に違う。そんなこと、少しも思っていなかった。男性に間違われたって、なんてことはなかった。嫌だとも思わなかった。
 
逆に、ほんの少しだけ、嬉しかったのかもしれない。よく料理の本に載っている、塩ひとつまみくらいの喜び。
 
昔から、女の子なんだから、という言葉が嫌いだった。女の子なんだからおしとやかにしなきゃいけないとか、可愛い服を着なきゃいけないとか、そんな言葉ばかりが溢れていた。自分が女子だということはわかっているけど、それが行動を制限するものにはならないんじゃないのか? 男の子に混ざってやんちゃしていた私は、いつもそんな疑問が頭の中に引っかかっていた。
だからきっと、男性に間違われるということが嫌ではなかったんだろう。女の子、という窮屈な枠を放り投げて、まったく違う自分になったような気がした。私は私のままであるけど、他の人の目に見えている私は男性で、それは女の子である私とはかけ離れたものだ。私は私でありながら、私以外の誰かになったのだ。
 
私はミルクティーが好きだ。紅茶が好きで、牛乳も好きだ。ミルクティーはきっと紅茶であって牛乳であるもので、どちらかだけでは成り立たない。紅茶という枠に、牛乳という枠に押し込んでしまったらミルクティーは生まれない。紅茶であって牛乳であり、紅茶でも牛乳でもない、別の何か。
 
きっと私も、そうなんだと思う。女の子だけど、その枠の中だけにはいたくない。男性に間違われるくらいがちょうどいい。男性ではないことは知っているけど、男性だと思われても全然問題ない。髪型も、服装も、男女どちらにも見えるようなものを選ぶ。自分でもよくわからなくなってくるくらいの、フワフワして曖昧な感覚。    
結局どういうことなんだと思うが、きっとそれは、ミルクティーにお前は紅茶なのか牛乳なのかはっきりしろ、と言うようなものなんだろう。そんなことを言われても、ミルクティーはたぶん困る。ミルクティーは、ミルクティーなのだから。
 
別れ際に、彼女が言った。
 
「お前は理想の彼氏だ」
「なんだそれ」
「うん。じゃあね」
 
そう言って、笑顔で自転車に乗って去って行った。何が言いたいのかまったくわからないが、なんとなく、女である私も男に見える私も、すべてをひっくるめて肯定してくれたような気がした。長い付き合いだ。なんとなく、私が考えていることをわかっているのかもしれない。
小さくなっていく彼女の後姿を見ながら、理想の彼氏になるのも悪くない、と思った。女友達の彼氏に間違われるなんて、漫画の中の出来事みたいにも思えるけど、私にとってはそれも悪くない出来事なのだ。
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