メディアグランプリ

「敵」が「味方」に変わるとき


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:赤木広紀(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「あぁ、親父はオレのことが嫌いじゃなかったんだなぁ……」
 
プロコーチとして活動を始めて2年目のこと。
お世話になっている方の紹介でKさんという2代目の経営者をコーチングすることになった。
 
2代目というと初代の跡を継いだお坊ちゃんというイメージを持っていたが、お会いするとそのイメージが覆された。
 
初代が立ち上げた会社を全国展開する企業にしたのは、その2代目のKさんで、一言で言うと「やり手」の経営者だった。
 
今思っても、そんな方がよく30歳そこそこの若造からコーチングを受けてくれたものだと冷や汗が出る。
 
コーチングを始めて何度目かのセッションのこと。
 
「親父が、いや、会長がね、オレのやり方に文句ばかり言うんだよ。うっとうしくて仕方がなくてね」
 
いつも前向きな話をしていたKさんがふと、愚痴ともボヤキともつかないことを口にした。
 
「へぇ~、Kさんでも、そんなことを思うんですね。もしよかったら、そのことをテーマにコーチングしますか?」
 
軽い気持ちで、そう提案する。
 
「それをテーマに話すってこと? まぁ、いいか」
 
このときはまだ気づいていなかった。
このセッションがKさんの人生を大きく変えるセッションになることに……
 
「オレが、こうしよう、ああしようと意見を言うと、ことごとく毒舌を吐いてケチをつけるんだよ。他の幹部社員の手前、ケンカするわけにもいかないけど、ほんと勘弁してほしいよ……」
 
ひとしきり、Kさんの話を聞いたあと、
 
「どうして会長は、Kさんに毒舌を吐くんだと思いますか?」
 
と、尋ねる。
 
「さぁね、とにかく気に食わないんだろうね。オレのほうが会社を大きくしたから意地を張ってるんじゃないの。それだよ、それ。オレのことが嫌いなんだよ」
 
そう答えるKさんの投げやりな態度に、ちょっと怯みながらも、もう一度尋ねる。
「どうして会長は、Kさんに毒舌を吐くんだと思いますか?」
 
しばらく沈黙が続いた後、
 
「まぁ、商売は厳しいもんだ。商売をなめるなよって言いたいんじゃないかなぁ」
 
と、ポツリとつぶやく。
 
「じゃあ、その商売をなめるなよという気持ちの奥に何があるんでしょうね?」
 
また、しばらく沈黙が続く。
 
「……失敗するなよっていうことかな」
 
もうKさんの声に怒りはない。
 
「その、失敗するなよっていう気持ちの奥にあるものは何だと思いますか?」
 
「…………」
 
今までで一番長い沈黙が流れる。
 
あまりにも沈黙が続くので、こちらから声をかけようとしたその瞬間、電話口の向こうから、嗚咽が聞こえてきた。
 
「あぁ、そうか、そうだったんだ。親父はオレのことが嫌いじゃなかったんだなぁ。ずっと心配して気にかけてくれていたんだ。そうか、そうだったんだなぁ……」
 
嗚咽とともに絞り出すような声で語ってくれたKさん。
毒舌の奥に隠されていた、会長である父親の本当の気持ちを悟った瞬間だった。
 
嗚咽がずっと電話口の向こうから聞こえてくる。
いつの間にか、僕の頬にも熱いものが流れていた。
 
その次のセッションのときにKさんが語ってくれたことは今も忘れない。
 
「ずっと、父親のことを敵だと思ってたんだ。オレのことが嫌いなんだって。でも、そうじゃなくて本当はオレの一番の味方だったんだなぁ」
 
心なしか声のトーンが嬉しそうだ。
 
「で、この前、オレから『展示会に一緒に行かないか?』って声をかけたんだよ。今までそんなこと絶対になかったんだけどね。で、どうだったかって? 相変わらず毒舌だよ。親父は何も変わっちゃいない。でも、いいんだ。そんなことは大した問題じゃない。それに……」
 
それに?
 
「娘がね、まだ小さいんだけど、あれから『パパ、パパ』って近づいてくれるようになったんだよ。妻も、『あなた、なんだか優しくなったわね』って言ってくれてね」
 
そう、少し照れながら嬉しそうに話してくれたKさんの声は、今も耳に残っている。
 
あれから20年近い年月が過ぎた。
 
あのとき僕がやったことと言えば、ただKさんの話を聞いて、「その奥に何があるのか?」と尋ねただけだ。だから僕が相手を変えたなんてことは、これっぽっちも思ってない。
 
Kさんは自ら気づいたのだ。「オレは愛されていたんだ」と。
Kさんが本当に求めていた父親からの愛情は、いつも浴びせられていた毒舌の奥に隠されていたのだ。
 
人が本当に求めているものは、決して分かりやすい姿をしていない。
むしろ、その真反対で、近寄りがたいもの、反発したくなるもの、抵抗したくなるもの、つまり、一見すると「敵」に見える。
 
だが、その「敵」の奥に隠された真意に気づけたとしたら、どうなるだろう?
 
外側の世界は、何も変わらないかもしれない。
Kさんの父親の毒舌が、相変わらずそのままだったように。
 
けれども、あなたの内側は、今までとはまったく違う世界に変わる。
そう、オセロの黒が白に変わるように。
 
あなたの目の前でずっとあなたを邪魔していた「敵」が、本当は「味方」だったと悟ったとき、あなたの人間関係は反転する。
 
そう、オセロの黒が白に変わるように。
 
 
 
 
***
 
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2019-10-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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