暑苦しさの先にあるもの
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:井上賢治(ライティング・ゼミ平日コース)
「暑い……」
背中からじわじわ熱を感じる。身をよじってなんとかその熱から逃れようとする。
離れたか!? いや、またついてくる……。
ハッとして目が覚めた。そう、これは夢の話。最近よく見る夢だ。
目を覚ますと愛犬のレオが背中にぴったりと寄り添っている。レオは夜眠るとき、決まって私の体に寄り添ってくる。暑がりの私は、寝返りをうって距離をとろうとするが、すぐにまた身を寄せてくるのだ。
「暑苦しいな、おまえは……」
ときにレオは、まるで人間のように寝ることもある。布団にもぐりこんだかと思いきや、ひょっこり顔を出し、しっかりと頭を枕に載せるのだ。ちゃっかりしやがって。そう思いながらも向き合って眠る。そしてまた身を寄せてくる。クリクリの毛がくすぐったい。私は少し頭の位置をずらし距離をとる。また寄ってくる。距離をとる。その繰り返し。
朝を迎えるころには、枕は完全にレオに占拠されている。
まったく迷惑な話だ。
我が家の愛犬レオ。もうすぐ11歳。オスのトイ・プードル。
暑苦しくも、私が無償の愛を感じる存在だ。
実は、私はもともと犬が好きではなかった。いや、犬に限らず動物が苦手だったのである。
まさか犬を飼う日がくるなんて、想像すらしていなかった。
「この子かわいい!」買い物の途中、妻がそう声をあげたことが始まりだった。
レオが我が家にやってきた。
なにもかもが初めての経験。言葉が通じない相手とのコミュニケーション。うまくいかないことへの葛藤や苛立ちも数えきれない。でも、それが楽しい時間に変わるまで、さほど時間はかからなかった。それまで夫婦2人だった日常の中に、どんどんあいつが入り込んでくる。気づいたときにはレオは私にとって欠かせない存在になっていたのだ。
レオと一緒に寝るようになったのは6年前。ある病気にかかったことがきっかけだった。ある日、血尿が出た。病院に連れて行くと、即入院を言い渡された。その病気とは「免疫介在性溶血性貧血」。体の中で赤血球がどんどん破壊されていく病気だった。
入院後、ほぼ毎日仕事帰りに会いに行った。私の姿を見つけると大きくしっぽを振って迎えてくれた。1日15分の触れ合い、そして検査結果を確認する日々。
でも、そんなお出迎えも長くは続かなかった。日に日に赤血球の数値は下がっていき、みるみる元気も無くなっていった。ただぐったり横たわる様子を見るしかない。お腹が上下していることで、かろうじて呼吸をしてくれていることを確認するだけだ。
絶対的な治療方法はない。薬を投与し、ひたすら経過を見守るだけ。いくつかの薬を試しながら、レオに効いてくれる薬が現れることを信じて待つしかないのだ。
入院から数週間後の週末、担当の医師に言われた。「これ以上数値が下がったら危険です」これが最後になるかもしれない。医師に無理を言って一時帰宅の許可を得た。1日だけ。常に目を離さずにいること、少しでも異変を感じたらすぐに病院に戻ることを条件に。
冬ではあったが、太陽が降り注ぐ暖かい日であった。慣れ親しんだ散歩コースを抱っこしたまま歩いてみた。そしてその夜、はじめて一緒の布団で寝たのだった。
それが奇跡の始まりだった。再び入院生活へと戻ったレオ。いつもの仕事終わりの面会を待たず、病院から電話があった。「赤血球の数値が上がってきました」そう、最後の望みを託した薬が効き始めたのだ。
それからは順調に回復を見せ、さらに数週間後には退院、3か月にも及んだ闘病生活が終わった。
ただし一度この病気にかかった子に、完治という言葉はないらしい。「いつ再発するとも分かりません。もちろんこのまま症状がでないこともありますが」医師からはそう告げられた。
一緒にいられる時間を大切にしよう。
それからだ。夜も一緒に寝るようになったのは。
あれから6年。幸い症状の再発はない。
いつものようにリビングのソファですやすや眠っている。眠っている姿というのは、何とも言えない癒しを与えてくれる。私はそんなレオのそばまで行って、その体に頬を寄せてみる。ふわふわ。そして温かい。心地よい安心感が生まれる。
レオはそんな私に気づいて目を開けた。心なしか迷惑そうにも見える。
そう昨夜のお返しだ。いつしかふと気がついたのである。レオと私はお互いに同じことをやりあっていたのだ。
いまでは私は大の犬好きだ。友人の家でも親戚の家でも、そこに犬がいるだけで気持ちが高揚する。なでなでしたり、おもちゃで遊んだり。そしてたいてい彼らはすぐに疲れて眠ってしまう。
寝顔に癒されることには変わりがない。そうは思いながらも、私はレオとの違いをはっきりと感じる。頬を寄せてみようか…… なんてことはこれっぽっちも頭に浮かばない。
人間同士でも「好き」と「愛している」は違うといわれる。私もその考えに大いに賛成だ。
無償の愛。それはいつも触れ合っていたい相手に捧げるものだ。身も心もぴったりと寄せあい生きていたいのだ。
今日もまた無事に夜を迎えた。
「暑苦しいな、おまえは……」
言いながらもこちらに抱き寄せ、今日もまた一緒に眠るのであった。
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