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行ってきます行ってらっしゃい


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【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:いしだあい(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「あ〜あ」
こんなにガッカリしたのは久しぶりだ。
 
試験の受験票のハガキの糊付けされたところをゆっくりめくると、表示されていた受験日の欄には「大事な日曜日」の日付が書いてあった。
 
その日曜日は、大事な、大事な日なのだ。息子が代表として参加する弁論大会の全国大会。不登校を経験して定時制高校に通うことになった息子のストーリーを会場で聴きたかったのだけれど、2日間用意されていた試験日のうち、よりによって大事な日のほうに当たってしまったのだ。
 
「仕方がないや」
試験日を選択できない以上、振り分けられた日程に従うしかない。学科試験に合格してからの4か月間を実技試験に向けた勉強にあててきたのだから、試験を受けないという選択肢は無い。
 
1か月先の試験に宿の予約は間に合うだろうか。ふぅっとため息を吐き出してパソコンの前に座った。いつもの週末なら予約が取りにくいはずの駅前のホテルは、その日に限ってあっさりと予約できてしまった。
 
拍子抜けして。
ブラウザを閉じたら、泣きそうになってしまった。
 
こういうことは今までにもよくあったな。
長くシングルマザーをやっていると、大事な日を逃してしまうことがある。家族にとって、息子にとって、または親として。立ち合いたい、成長を見届けたい、けれどそれが叶わない。そんな日は今までにもあった。
 
親子でサンドイッチを作る行事。
芋掘り遠足。
発表会でのピアニカの演奏。
初めてレギュラーで出場した野球の試合。
合唱コンクールのブロック大会。
初めてバンドを組んだステージ。
 
たぶんもっと。もっとあると思う。大事な日を逃してしまった理由のほとんどは私の仕事だったのだけれど、たくさんの保護者の中に母の姿を探したこともあったのではないか……なんて。幼かった息子の顔が思い出されてギュッと胸が締め付けられる。
 
家族の構成人数がもっと多かったとしても、必ずしもすべてのイベントに同席できるわけではないだろう。状況が許さなければあきらめなければならない、なんてことはどの家にだってあるはずだ。
 
そうやって息子にも自分にも言い聞かせてきたのだよなぁ。
我が家の保護者は私一人。何をどう頑張ったとしても、写真の中の夫に「父」としての役割は果たせない。
 
受験票が届いた夜、帰宅した息子に全国大会の応援に行けないことを伝えた。
「そうか残念! 試験、頑張っておいでよ」
なんてあっさり言うものだから、私のほうも
「あらまあ、よくできた息子さんですこと!」
なんて返してしまった。
 
小さい頃なら息子が泣いてしまうシーンだ。いつからか「ママ、お仕事頑張ってね」という言葉を覚えてからは、泣くことはなくなったけれど。さすがに18歳は泣いたりはしない。
 
「あのさ……」
息子が、言葉を続けた。
「今、オレに対して申し訳ないって思ったでしょ? そういうのいらないから」
かつての私なら泣いている息子を前に、罪悪感でいっぱいになったことだろう。どうしてやりようもない切なさに「仕方ない」という言葉で蓋をしただろう。
 
「オレはオレで頑張る。だから、母さんは母さんで頑張れ」
またもや拍子抜けして。
「あ……うん」
と返事をして、その話題はそこで終わった。
 
どうやら息子は本気で私の受験を応援してくれているようだった。離れて暮らす祖父母や、全国大会に引率してくださる先生に「母は大事な試験で来られないが、オレはオレで頑張る」と伝えていたことを後から知った。
 
大事な日の前夜、行先が違う二人で一緒に駅へ向かうことになった。新幹線の出発時間が10分差だったのだ。駅弁を買って、道中のおやつも買わされて。ホームに向かうエスカレーターの下で互いの健闘を祈って握手をした。息子の手は、思いのほか大きくて厚みのある手になっていた。
 
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 
息子が私の肩をポンポンと叩いて笑った。
「母さん小さくなったな、あはは」
 
思春期で難しい時期もあったけれど、どうしたことだろう。まるで年老いた母をいたわるような……いや、緊張している私を元気づけるためだったのか。落ち着き払った18歳は、なんだか頼もしく見えた。
 
大きくなっていたのだな。
こちらを振り返って手を振ることもなく、まっすぐ前を向いて進む息子の背中には、大きく縦書きで「親離れ」と書かれていたような気がする。子離れできていなかったのは、私のほうだった。
 
親子といえどもそれぞれの人生だ。確かに、母だけに見守られて育ったことに窮屈さを感じたことも一度や二度ではなかっただろう。それを言葉に出して伝えてくれたことに、息子の成長を感じることができた。
 
それぞれの切符で目的地へ向かおうじゃないか。
お互いがそれぞれの場所で迎えた翌朝、息子から送られてきた写真はとてもきれいな朝焼けだった。新しい朝をそれぞれの場所で迎える日は、そう遠くはないようだ。
 
 
 
 

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2019-11-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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