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布オムツは自分を救う!?


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記事:溝口直己(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「最近はめっぽう減ってしまったな」
朝のお風呂場の中で、僕は寂しい気持ちでいっぱいになっていた。
「最初の頃はもっと多かったのに」
これまで、彼女と出会ってからの思い出を振り返る。
もうあの時期は戻ってこない。
そう考えれば考えるほどに胸が締め付けられた。
「彼女はいずれ僕のもとを離れていくんだ」
絶対に変えられない運命に逆らいたい、という勝手な思いを持ちながら僕はお風呂場を出た。
生後7ヶ月の、彼女の大量の布オムツを両腕に抱えながら。
 
僕は妻と出会うまで、助産師という言葉も分からないほど妊娠や子育てのことを知らなかった。
そんな僕にも赤ちゃんができた。
妊娠期間中、たくさんのことを妻と話した。
その中でも一番話したのが子育てのことだった。
 
「布オムツで育てたい」
妻から初めてその言葉を聞いた時、その存在すらも知らなかった。
「戌の日のお参りでもらった腹帯も、布オムツにできるんだよ」と助産師さんに言われたが、この一枚の長い布を赤ちゃんのお尻にどう当てるかだなんて想像もできなかった。
そんな時に実家の母から電話が来た。
「布オムツで育てようと思ってるんだ」と伝えると、
「あなたが使っていたのが家にたくさん残ってるわ」との言葉が帰って来た。
衝撃だった。
まさか自分が布オムツで育っていたなんて思ってもなかった。
それ以上に驚いたのは、27年前に自分が使っていた布オムツが残っていたことだ。
母はすぐに福岡から送ってくれた。
大きなダンボールが届いた。
「27年前にオムツとして使っていたものって大丈夫なの?」と妻に不安を漏らした。
不信感を拭えないまま、おそるおそるダンボールを開けてみた。
 
そこには細長く綺麗に畳まれた、まるで真珠のようなオフホワイトの布が何十枚も重ねられていた。
「この布オムツは、一枚布を輪っかになるように縫い合わされた輪形タイプと呼ばれるもので、広げると70センチほどの幅になるのよ」
説明されてもちんぷんかんぷんだったが、なぜか嫌な感じはしない。
「これが布オムツというものなのか」
初めてみた布オムツは僕にとっては新鮮で、でも自分が赤ちゃんの頃に使っていたんだなあと思うと急に愛らしくなってきた。
 
「僕が使っていたものを自分の赤ちゃんが使うのか」
想像するだけで、嬉しくなった。
母が今まで来ていた着物を、娘に託す気持ちがなんとなく分かったような気がした。
物だけを受け継ぐのではなく、今までの思い出やそこに関わった人の思いも一緒に乗せていく。
もちろん僕が布オムツを使っていた0歳の記憶なんて残っていなかった。
でもそれでいいのだ。
僕の母や父の中には残っているだろうし、これからは僕と妻の中に残っていく。
そうやって繋がれていくものの大切さを布オムツは運んでくれた。
 
布オムツの存在を知ったかと思うと、あっという間に予定日になり、長女が生まれた。
長女が生まれた2月の頃は、毎回の布オムツにうんちとおしっこの両方をしていた。
しかもする回数も多く、1日で25枚以上は洗っていた。
バケツに重曹水を入れて1日の布オムツをため、次の日の朝にまとめてお風呂場で洗っていった。
1枚1枚どんなうんちをしたのかな?
色は何色かな?
体の調子はどうかな?
と観察をしていく。
そうして丁寧に洗った布オムツをベランダの物干し竿に干していくのだ。
 
「布オムツは大変ですぐに断念したよ」
布オムツを使うと話したら、みんな口を揃えていった。
いや、ほとんどの人は布オムツを知らなくて、知っていたわずかな人がそう言った。
「毎日洗濯して干して、ただでさえ赤ちゃんの洗濯物が増えるのに。紙オムツは使い捨てだし便利だよ」
話を聞いて、長女が生まれる前は、どんな大変なことが待っているのだろうと思っていた。
 
だが長女が生まれて毎日布オムツと触れ合う中で、僕は布オムツが大好きになっていた。
布オムツを洗っている時は、どこか瞑想をしている時と同じ感覚になった。
目の前のオムツだけにフォーカスを当て、忙しくしている日常から自分が解き放たれた。
何も考えず、でも頭の中に何か浮かんで来たら、オムツのうんちを洗い流すかのように、頭からいらないイメージを洗い流す。
 
その時間がとても愛おしい時間になった。
オムツを洗っているようで、実は自分の心を洗っていたのかもしれないと思った。
 
人類史上、あらゆるものがスピード化されていく中で、自分の手で洗っていくのは馬鹿げていることかもしれない。
でもそんな時代だからこそ、ただ目の前のことに焦点を当て、過去も未来もない今に集中する時間が必要になる。
 
僕も何を隠そう、現代の忙しい世の中に生きている1人だ。
フリーのカメラマンになり、撮影から編集、集客まで全て自分でやり、毎日何かに追われているという気持ちにもなったこともあった。
 
そんな時に、布オムツに触れることで、心の安らぎと今に集中する力を手に入れられた。
布オムツが僕を現代社会の忙しさから救ってくれたのだ。
 
もし妻からの提案を断っていたら、紙オムツという選択を間違いなくしていた。
紙オムツが悪いと言っているのではない。
僕たちも長期のお出かけの時などは布オムツと紙オムツの両方を持っていく。
 
ただ、使ったら捨てるだけのものか、何世代にも受け継がれ、どの時代でも本来の自分に立ち還らせてくれるものか。
その違いは使ってみなければ分からない。
 
 
 
 
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2019-12-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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