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メディアグランプリ

隊長が救った親指


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ライティング・ゼミ平日コース 平本 智佳
 
「あんたたち、町田だよね。町田って東京都だろう。ここは神奈川なんだよ。なんで越境してくるの?」
ドクターの怒号が診察室に響いた。
ほかのスタッフたちは慣れっこなのか、誰も驚いていなかった。
 
4年前、一月の成人の日の祝日だった。
私は乗馬クラブで、馬に手綱をつけようとしていた。
馬は表情がわかりづらい動物だが、耳を伏せて怒っている様子もなかったし、脚を踏みならしてイライラしている雰囲気もなかった。
しかし、急に顔を横に向けて私の左手に噛みついた。
「痛いっ」と声が出た。ドアに指を挟んだ時のような痛みがあった。
手袋の親指のところに血がにじんできた。指を大きな石で挟まれたようにジンジンしている。
おそるおそる手袋をはずしてみた。
綾指を抜こうとしたら、手袋に指の先が引っかかった。見ると指の先がゴムキャップのようにぱかっとはずれて、
手袋の中に残っている。赤い肉の間に白い小さい骨がちらりと見えた。
すうっと頭のうしろから血が引いていくのがわかった。
気を失ってはダメだ。となんとか指先を指の方に押し戻した。
 
乗馬クラブが救急車を呼んだ。
救急車は15分ほどで来たのだが、三連休の最終日で受け入れてくれる病院が見つからない。
救急隊の隊長が何軒も病院に連絡を取ってくれるが、「外科医がいない」「今患者が多すぎて受け入れられない」という返答ばかりであった。
20分、40分経つが、救急車は出発できない。
私はガーゼで包んだ親指を押さえて、出血しないように心臓より高く上げて座っているしかなかった。
 
「ああ、そうですか。はい、今は親指の先が皮一枚でかろうじてくっついている状態です。」
病院に説明している隊長の声で、自分の傷の状態がわかった。
皮一枚しかくっついていないのか。考えると頭のうしろがざわざわしてくる。
「わかりました。ちょっと患者さんに確認します」
受け入れてくれる病院がやっと見つかったらしい。
「あのね、今連れてきてもいいってところがあるんだけど、そこがね、指丸めちゃってもいいならって言ってるんだよね」
「ええと、丸めちゃうっていうのは?」
「取れかかってるとこは取っちゃって、先を丸く縫っちゃうってことなだけど。女の人だし、それじゃ困るよね?」
とても困ると思ったが、これまで何軒も連絡しては断られているのを聞いている。
「もし、ほかにどこも受け入れ先がないならそれでお願いします」と言うしかない。
「もう少し探してみるから」と隊長はまた電話に戻った。
やがて「少し離れたところにあるK大学病院が診てくれるっていうからそちらに向かいます」と救急車はようやく動きだした。一時間がたっていた。
 
救急科があるK大学病院にはあらゆる種類の患者が集まってきていた。
高熱でぐったりしている人や交通事故で脚の骨が折れた人、HIV陽性のインフルエンザ患者などでスタッフたちはみな忙しそうである。
私は、指先以外は元気なのだが、診察台に横になってバイタルのチェックを受けていた。
そこで聞いたのがドクターの怒号である。
寝たまま首だけを持ち上げて見ると、怒鳴られていたのは私をこの病院に運んでくれた救急隊であった。
隊長の返答は聞こえなかった。K大学病院は相模原にあり、町田からは近いが間に県境がある。救急隊は都県をまたいだことを叱責されているようだった。
これまで救急車に乗ったことがなかったので、都内の事故は都内で受け入れないといけないということは知らなかった。私が看護師の質問に答えているうちに、救急隊はいなくなっていた。
 
やがて「これから傷を縫うからね」と私のそばに来たのは、さっき救急隊を怒鳴っていたドクターだった。
この人が外科医だったのか。と怯えたがドクターは私には怒鳴らなかった。
しかし、一日中救急患者がひっきりなしにやってくる状態にイラついているのか、元々テンションが高いキャラクターなのだろう。手術前のレントゲン室でも技師がなかなか出てこなかったので、ドクターは「ここはレントゲンもセルフで撮るのかよ!」と叫んでいた。
 
結局、手術室も満杯だということで私はレントゲン台の上で、指を縫合された。まるで野戦病院である。
「馬に噛まれたって? うーん、刃物でスパッとやった傷はくっつきやすいんだけど。これ断面ぐちゃぐちゃだからね。とりあえず縫ってみるけど、もしばい菌が入って感染症になったら再手術で取っちゃうっていうことになるけどいいかい」
「はい、お願いします」と言うしかない。まな板の上の鯉ならぬレントゲン台の上の患者である。
 
2日後の消毒の時に初めて傷を自分の目で確認した。
指の左側7ミリの皮以外のぐるりが切れていたので、6針縫われていた。爪もはずれていた。
骨も折れていて、神経がつながらないかもしれないと言われた。指先は血管も神経も細かく、しかもたくさんあるので難しいらしい。
怪我をした時は、自分も動揺して興奮状態でアドレナリンがガンガン出ていたせいか、それほど痛みを感じていなかったが、手術後冷静になってからは、かなりの痛みで眠れなかった。
 
4年後の今、私の左手に親指はついている。
1年半かかったが爪も生えた。
リハビリにも通って完全ではないが指も曲げることができる。
破傷風の予防注射も2回受けて、感染症にはかからなかった。
神経も血管もつながって指先にも体温を感じられる。
 
指を丸めないで手術してくれたドクター、ありがとう。
そして何より、怒られることを経験上知っていながら、越境して受け入れ先の病院を探してくれた救急隊の隊長に大きな声でありがとう。
 
 
 
 
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2019-12-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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