ポジティブな恋愛脳
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記事:yuko(ライティング・ゼミ 日曜コース)
「……子供ができた」
女の私が言ったのではない。
彼の口から出た言葉だ。
「彼」とは、私が26歳頃付き合っていた男性だ。
当時私が愛しまくっていたその彼は、どうやら二股をかけていたらしい。
しかも、相手の女性が妊娠し、もう安定期に入っているという。(なんてこと!!)
衝撃的すぎる。ドラマの中で起こるようなことが、ごく平凡に暮らしていた私にも降りかかるなんて。
少し冷静を取り戻すと、「子供」というワードで、もうどうすることもできないことを悟った。
私は理解が良いのだ。その、フリをした。
いやいやいや……、そんなフリは、あくまで「フリ」でしかない。内心、尋常じゃないくらいの動揺だ。
別れたくない。嘘だと言って欲しい。もう真っ暗だ。闇だ。おしまいだ。
ただ、私の中のプライドが、良い女を演じたがった。おかげで泣き暴れまわることなく、その日は別れた。まだ子供達のはしゃぐ声の多い、公園での出来事だ。
ここからは、私の試練の始まりだった。
彼とは社内恋愛だったので、嫌でも毎日顔を合わせる。
何とか冷静を装って仕事を片付け、家に帰ると、寂しくて、悲しくて、一人泣く。生きる気力もない。まさに廃人になりかけていた。
その頃の私は、実に忠実に「悲劇のヒロイン」を勝手に演じ、部屋の隅で体操座りをしていたのである。今の自分が行って抱きしめてあげたい!
彼は、最後まで二股の事実を認めなかった。前に付き合っていた彼女が、妊娠を隠していただけだと言った。これは、私への優しさなのか、悪者になりたくなかっただけなのか……。
この場合の浮気相手は、やっぱり私なのだろうか。
今思えばだが、怪しい点はいくつもあった。盲目の私は、いつも向き合うことを避けてきたのだ。
関係を壊したくなかった、それだけである。
私は、可愛すぎた。
ある時、彼と話している時に、「のんちゃん」と呼ばれたことがある。
「……のんちゃん?」
私は「ゆ・う・こ」だ。「のんちゃん」要素は何処にもない。
彼は(内心)慌てて、今読んでいる本の主人公が、『のんちゃん』なのだと言う。本当に馬鹿げている。今の私なら、「その本見せてみろ!」と追いつめることはできる。
だが、当時の私は「可愛い」のだ。しっくりこないながらも、受け流していた。ある意味では、当時の方が大人だったのかもしれない。
デートの途中で、向こうに急な用事ができたことも、何度かある。携帯が通じないことは日常茶飯事。
そんな彼だ。客観的に見れば、最悪な男だ。二股なんて、簡単にできちゃうのだ。
しかも、皮肉なことに、そういう男は何故かモテる。そして、盲目な女が見事にハマる。
人間の脳は素晴らしい。恋愛の盲目さは、自分を幸せにしようと、勝手にポジティブホルモンを出しているのではないかと思う。自己防衛にも近い。
都合の良いものしか、見ないし、聞かない。それで幸せを感じられる。
この、私にとって過去最悪の暗黒期は、次の彼氏の登場によって徐々に晴れていく訳だが、
そう簡単にできるものではなかった。
しかし、「仕事で負った傷は仕事でしか癒えない、恋愛で負った傷は恋愛でしか癒えない」といって慰めてくれたある先輩の言うことは、実に正しかった。
仕事もきっぱりと辞め、新しい彼氏によって、私の心は少しずつだが上書きされていった。
あれから十数年経つ。今考えるのは、「なんであんなに好きだったんだろう?」ということだ。
だって恋愛に理屈なんていらない。当時は本気だったし、真剣だった。
人生の汚点だと思っていた彼との恋愛は、もしかしたら、私の人生に面白みと箔を付けてくれたかもしれない。ああ、私、大人になったなぁ……。
実は、少し前に、街で彼を見かけた。
とんでもなく、ダサいファッションをしていた。全身「赤」だ。
一緒にいた、何も知らない後輩が、「あの人、奇抜ですね!ヤバいですね!」と耳打ちしてきた程だ。
彼に何があったのかは分からない。きっと、赤がその日のラッキーカラーか何かだったのだ。
笑えてきた。「本当、なんであんなに好きだったんだろう?」
人生は面白い。恋愛も面白い。
盲目さによって、人は自分を幸せにすることができる。
それは、果たして本当の「幸せ」でないかもしれない。しかし、人生を少しは豊かにはしてくれているはず。
盲目になる程、打ち込めるものがあるってすごいことだ。今の私には、そんなものってあるだろうか?
もう恋愛なんてできない、彼以外誰も好きになれない、と思っていても、時が経てばそれは忘れる。
やっぱり脳って都合が良い。なんなら過去を美化さえしてくれる。
過去の恋愛で「私」はできている。痛い目を見ても、やっぱり恋愛はしていたい。
そして、何度も繰り返すのだろうか?
「ああ、なんであんなに好きだったんだろう?」
いや、「好きだったな」
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